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序章
一面の野原。
空には不穏な暗雲が垂れこめ、風がヒューと小さな音を立てている。
青馬文彦は、両腕で開手の構えをとったまま微動だにしない。
大男ではないが、その身体は鍛え抜かれ、一グラムの脂肪さえないようだ。身につけているノースリーブの草色の道着には、〝破邪神拳〟の文字が刺繍されている。
「フゥ……」
わずかに息は荒く、疲労の色が見える。
右の頬には打撲の痣があり、左のこめかみからは血が滲み出ている。
だが文彦はけっして気を緩めない。
その精悍な顔つきで、眼前の敵を鋭く睨みつけている。
ジーージーージーー
対峙しているのは、〝鉄人〟と呼ばれる精巧な武闘人形だ。
身長190センチ強。武骨な甲冑のようなデザインだが、シルエットはドラム缶のようにずんぐりとしている。腰の左側には大きなネジ巻きが付いていて、ジージーというゼンマイ音を響かせながらゆっくりと回転している。
ブリキ製のボディはところどころ凹んでおり、文彦との長い死闘を物語っている。
ジーージーージーー
文彦と鉄人は、睨みあったまま一歩も動かない。
いや、動けないのか?
人間と機械ながら、武道家同士の決闘のような緊迫感。
「耐えろ、文彦……!」
少し離れた場所に、この闘いを静かに見守っている黒袴姿の老人がいる。
文彦の師匠、竹國無蔵だ。
禿げた頭に、白い口髭と顎鬚。威厳のある枯れた佇まい。まさに武道の達人を絵に描いたような人物だ。
「!」
文彦の顔に緊張が走る。
先に仕掛けたのは鉄人である。
ズーン!ズーン!と文彦にむかっていき、パンチとキックの連続攻撃。
スピードはなく鈍重な動きだが、いかにも重く威力がありそうだ。
文彦は巧みな身のこなしで、それらの攻撃をかわしていく。
「今だ!」
一瞬の隙をついて鉄人に組みつき、〝破邪河津掛け〟をしかける。
そのまま〝破邪河津落とし〟で、自分もろとも後方にひっくりかえす。
ドスーンッ!!
仰向けに倒された鉄人は起きあがろうとするも、ボディが重くて太い手足をバタつかせるだけである。
ジーージーージジッ
回転していたネジがついに最後まで巻き上がり、鉄人はピタッと動きを止める。
「やった……!」
文彦は達成感で思わず天を仰ぐ。
「よくやった、文彦。見事であったぞ」
歩み寄ってきた無蔵が、いかにも師匠然とした感じで褒めたたえる。
「ありがとうございます!」
「ついに二八番目の〈鉄人の試練〉も突破したな。残り九つの試練も破邪魂で頑張れ」
「はい。粉骨砕身して死ぬ気で挑みます!」
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