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天下一闘技会
「ふ~ん」
文彦は自宅の近所の路地で、歩きスマホをしている。
画面には、求人サイトのトップページ。
「本屋に就職情報誌がないと思ったら、これで仕事を探せるのか。最近は便利なものだな」
クリックして、会員登録画面に。
名前や住所や学歴など、個人情報を入力する項目がズラッと並んでいる。
「……めんどくさ」
たちまち挫折する。
「べつに今日でなくてもいいか」
スマホをポケットに押し込んだ次の瞬間、
「!」
気配に気づいて振りむく。
木下幸男が、水滸伝にも登場する巨大な金瓜錘(球状の金属に短柄をつけた打撃武器)を振りかざして襲ってくる。
「ウォーッッ!!」
気合いは凄いが、残念ながら技術的には稚拙だ。武器が重すぎて足元がふらついている。
「またおまえか」
文彦は軽くかわしてつかんで投げ倒し、正拳をコンッとアゴに打ち落とす。
「ぐっ……」
木下は不甲斐なく気絶する。
近所の児童公園。
文彦と木下は、ならんでベンチに腰掛けている。
木下は殴られたアゴを苦い顔でさすっているが、たいしたことはなさそうだ。
芝居がかった大仰な物言いで、
「青馬文彦よ、事があと先になったがおまえに挑戦する! 武道家なら不意打ちも卑怯とは言わせない」
「前は鎖鎌だったっけ? 武器を変えても襲い方がいっしょじゃ意味ない」
「神様流柔術拳法初段にして天然無敵流武器術茶帯でもある俺の挑戦を何度か退けたくらいで、自分が天下を取ったなどとおごるなよ。破邪神拳など、しょせんは井の中の蛙だ」
文彦はムッとして、
「なにが言いたい? おれも師匠も、他流派に遅れをとったことは一度たりともないぞ」
木下は厳粛な口調となり、
「まもなく〈天下一闘技会〉が開催される」
「……え?」
「だから、〈天下一闘技会〉が開催されるといったんだ」
「それって何十年かに一度だけやるっていう、あの伝説の大会のことか?」
「歴史は神代の昔までさかのぼり、初代優勝者は日本書紀に登場するあの野見宿禰だという。かつては時の為政者の御前で堂々と試合を行っていたが、武器の使用以外すべて認められるという生死を賭けた闘いであるため、近代に入ると野蛮だと批判されるようになり、地下へ潜らざるをえなくなった──」
「ふんふん」
文彦は熱心に聞き入っている。
「だがその内容は、いまだ〈天下一〉の看板に偽りなし。今大会も、国内外問わずそうそうたる武術家たちがすでに選抜されている」
「たしか優勝者には、莫大な褒美がもらえるんじゃなかったか?」
「優勝賞金は五百万円だそうだ」
「天下一のわりには生々しい額だな。でもそれだけあれば、お母さんに文句を言われずにすむぞ」
木下は軽蔑のまなざしで、
「ふん、なさけない。武道家としての名誉より金が大事か。その様子だと、おまえのところにも招待状はとどいていないようだな」
「へ? 招待状?」
「天下一候補に選ばれたなら、すでに大会の招待状が届いてるはずだ」
青馬家の居間。
「この子も、ぷくぷく太っちゃったわねえ」
厚子はぼりぼりと煎餅をかじりながら、まったりとテレビのワイドショーを見ている。
「もう三十なの? 昔はかわいかったけど」
そこへ文彦が、早足でずかずかと入ってくる。
手紙入れを壁からはずすと、バサバサと中身を床にぶちまけていく。
「なにしてんの! 散らかさないで!」
イラ立つ厚子を無視して、文彦は手紙類の宛名を一枚一枚せわしなく確認していく。
「ない、ない、ない!」
結局、招待状は見つけられなかった。
「くそ! 屈辱だ!」
文彦は歯がみして悔しがる。
その日の晩。
二階の自室にて。
文彦はベッドに腰かけ、スマホで電話をかけている。
「おれだ。青馬だけど」
ミニウサギのピー太郎はベッドの上で走り回ったり、文彦の腕にじゃれついたりしている。
「何の用だ?」
通話の相手は木下だ。
「例の大会のことだけど、参戦する方法はほかにないのか?」
ちなみにこの部屋の壁は、『北斗の拳』のケンシロウやブルース・リーのポスターでびっしりと埋めつくされている。小学生の頃からの変わらぬ光景だ。
「招待枠の他に、オープン参加の予選枠も二つある」
「ほんとか?」
「予選の日時は今月の7日だ」
「そうか!」
壁に掛けてある〈ウサギぴょんぴょん月めくり〉カレンダーで、すぐに確認する。
「あれ?」
よく考えたら、今日はすでに20日である。
「もう過ぎてるだろ!」
「あわてるな、第二回がある。二日後だ」
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