出会い〜どん底からの光〜

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 二葉は最寄りの駅で降り、バスに乗って一番札所を目指す。こんなお昼過ぎから始める人もいないだろうな……そう思っていた。  秩父に古くからある観音霊場は、日本百番観音にかぞえられ、ここ秩父だけ三十四カ所を巡る。二葉の家からは電車で乗り換えずに行けるため、休みの日に少しずつ巡り、一巡を昨年終えたところだった。  好きだった観音巡礼も、人付き合いを優先していると出来なくなる。時間はもちろん、体力も必要だからだ。  最近は御朱印ブームのせいか、一緒に行きたがる友人もいたが、二葉が好きなのはそんな甘い世界ではない。  二葉の巡礼があまりにストイックなため、友人たちは話題にすら出さなくなった。  御朱印が『素敵』って言う女子とは、まず目的が違う。  お堂に写経を納め、納め札を箱に入れる。そして般若心経を読み終えた二葉は、清々しい気分で納経所に向かう。すると同じくらいの年の男性が並んで待っていた。  背が高くて、明るめの茶色の髪、長袖のTシャツにデニムと至ってシンプルな服装だった。  ふと男性の納経帳の中が見え、二葉は驚いた。既に重ね印が押してある。何度も札所を回る場合、一度書いていただいた御朱印の上に朱色の印を重ねて押してもらうのだ。二葉は今回がニ度目の巡礼となるため、ようやく重ね印を押してもらえることが嬉しかった。  この人、私と同じくらいだし、見た目は軽そうなのに、もう三回目なの? すごい……!  彼の順番が来る。 「お願いします」  ちゃんと書いてもらう場所を開いて納経帳を渡し、しかも三百円を握りしめる姿に二葉はときめく。  納経帳を受け取る時に頭を下げてお礼を言う姿を見た時、この人と話してみたいと思った。しかしそんな間も無く、彼は歩き去ってしまった。  二葉は自分の納経帳に印を押してもらう間、彼の背中が徐々に小さくなるのを、少し切ない気持ちで見ていた。  下心とかではなく、ただどんな経緯で巡礼を始めたのかとか、普段も一人でまわっているのかとか、好きなことを共有したかった。  だって私の周りには、一緒に語り合ってくれる人がいないから。  彼は歩きだろうか。それとも車? 私はこのまま順番に回る予定だけど、もし彼が同じ順打ちならきっとどこかで会えるかもしれない。  そう思って寺を後にしようとした時だった。ちらっと覗いた巡礼用品の店舗の中に彼を発見したのだ。彼は真剣にというより、ぼんやりと何かを手に取り眺めている。  話しかけるなら今かもしれない。二葉は勇気を出して店の扉を開く。  ゆっくりと彼に近寄るが、彼は輪袈裟(わげさ)を手に取り微動だにしない。 「あっ、あのっ……三回目でもまだ何か必要なものってあるんですか?」  二葉が尋ねると、彼は驚いて輪袈裟を床に落とした。二葉はそれを慌てて拾うと、彼に手渡す。 「す、すみません! さっき後ろに並んでいた時に、あなたの納経帳が見えてしまって……」 「……あの大きな声で般若心経を読んでた子? 若いのに、随分スラスラ読むなぁって思ってた」 「家で動画を見ながら練習してますから。何か買われるんですか?」 「うん、まだちゃんと道具までは揃えてないから、輪袈裟をしてまわってみようかな……って、これは新手のナンパか何か?」  そう思われても仕方ないと思っていたけど、いざ言われると戸惑った。 「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて……同じようなタイプの人と話したいって思っただけだったんです。買い物の途中なのにお邪魔しちゃってすみませんでした……」  二葉は急に怖気(おじけ)付いて、その場を去ろうとした。また涙が出そうになる。  今日は彼氏のあんな現場を見て、ずっと泣きながら電車に乗っていたから、どこかフワフワした気分になっていたのかもしれない。  普段の私なら知らない人に声をかけたりしないはずだもの。  扉を開けて外に出ようとした時だった。 「待って」  突然手を掴まれた。振り返ると彼が悲しそうな顔で二葉を見ていた。
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