史上最高罰則

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 それを言ったのは僕だった。  背後からの言葉に女の人が気が付いて振り向いた。僕は彼女の事を抱き締めながら俯いていた。被害者の知り合いと言う事は直ぐに解った様子で、女の人は鎌を振り上げたまま僕の事を見て居た。  僕もさっき、一瞬は犯人が死んでしまえば良いと思った。彼女の命に比べたらあんな男の命なんて僕にとってはとても軽い。捨てるべきものだと理解を出来た。  それでも口を吐いた言葉は全く逆だ。でもこれは正義でも偽善でも無い。僕の本心の言葉だ。 「そいつを殺してしまったら誰が罪を償うんだ。その男を殺してしまえば今は気分が良いかもしれない。でも、それで終わってしまう。そいつにはもっと苦しんでもらわないと死んだ人達が浮かばれない。ずっとこれからも殺した人の命の重さを背負わせ、罪を償うだけの日々を送らせなければみんな報われない」  どうかしている言葉だと自分でも思っていた。でも、本当に僕だって犯人が憎かった。殺したい程に憎い。でもだ。本当に今、この犯人を殺してしまったらこれから先に憎むべき相手が居なくなってしまう。犯人には憎しみをこれから先も味合わせたい。  それが届かなくて女の人が殺してしまったなら、それはまた別の話だ。僕だってそのくらいは女の人に許していた。だから僕は彼女の事を抱き抱え続けて、女の人には近付こうともしなかった。  無責任でも有る言葉は女の人に届いた様だった。カランっと鎌を落として女の人はワンワンと泣き始めてしまった。その姿を見て犯人が「馬鹿が」と鼻を鳴らして笑っている。その時になってやっと警察が到着して男の事を取り押さえ逮捕された。  現場に安堵の空気が広がり、残るは救急救助の緊迫になって、僕は彼女の事を救けてもらう様に叫んでいたが、その横で犯人が警察に連行され、女の人が泣き止みその姿を見て居た。 「一生恨むから」  怖いくらいに睨んでいる女の人から犯人への言葉だった。  それから現場は規制されて警察、被害者、僕たち関係者だけになった。それまでは普通に通行人たちが居た。もちろんこの一部始終は彼方此方でスマホのカメラによって取られていた。その映像は直ぐに世界へと広がる。  ソーシャルネットワークではかなり恐ろしい現場までも拡散されている。そこには犯人を殺そうとしていたあの女の人の事も有るのだから、僕の言葉もちゃんと有った。  そしてその一部はテレビのニュースにも載った。取り分け僕の言葉は話題を呼んだ。別に美談でも無ければ英雄譚でも無い。罪の償い方の理論へと変貌をしていた。  この事件によって死刑撤廃論まで派生すると、この犯人を日本の最高懲役30年で終わらせる事や無期懲役で釈放される事を良しとはしない人々が現れた。それは永遠の罪の償いと言う事だ。  しかし、一時的な感情で法律が変わる事は無かった。犯人は罪の責任能力を証明され無期懲役の禁固30年となった。とは言えこれは死刑を回避した日本の最高罰で有る事はたしかで、死刑を最高罰則としない民意が勝った瞬間の事でも有った。  あの事件から五年が過ぎたある日、テレビのニュースで犯人が刑務所で傷害事件を起こした事が取り上げられていた。これまでの日々も犯人は数々の問題を起こしていて、コメンテーターの意見では仮釈放や恩赦は有り得ないと言う事までも言われている。  まだ未来が続くが犯人にはその新しい世界への自由も与えられない。生きながらえているのは確かだが、それは自分で死ぬ事も許されない不自由な世界での事。ただ罪を償う事でしか日々を抹消出来ない世界の話である。  犯人に対してはまだ数えきれない憎しみが有るのは確かだろう。実際こんな事実を報道されるとネットの世界には犯人の誹謗中傷なんかは鳴りやむ事は無い。  僕も確かな憎しみを犯人に向けながらもあの事件で障碍は残ってしまったが辛うじて命を取り留めた彼女と結婚をして一緒にそのニュースを今は心も穏やかに眺めている。 「居るからこんなにと」  悪くこんな事を言う人は居る。 おわり
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