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 だからね、と私の中の霧幻が言う。もちろん彼が実際にそう話している姿を見たわけでもなく、あくまで私は文面でしかこの言葉を知らない。それでも別の記録の中の彼を通して、記憶媒体の中の彼を通して、私は彼の輪郭をなぞり、直接聞いたことのない声を夢想する。そしてその夢想を記憶する。 「だからね、夢物語というやつは、文字通りの夢物語じゃいかんのですよ」  なぜならば、と繋げて、 「むしろ物語という文脈に載せたらつまらない世界である、というところが、夢の最大の面白みなのですから」  今朝見た夢については、先に述べた通りとなる。かなり不思議な夢を見て、猫や公安や英雄と行動を共にした。起こったことはそれだけで、しかしそれだけと呼ぶにはあまりに細部が抜け落ちている。  記述が記憶に追いついていないのか、それとも記述に記憶が追いついていないのか。何かを書き足そうとして何も思い浮かばず、じゃあこれで終いかと全体を眺めるとどうも何かが不足している。  書き方が悪いのか、憶え方が悪いのか。その両方であるという可能性も高そうではある。  私の頭の中の落語家などは夢のような輪郭を纏っており、過去に存在しなかった場面をこうして想起していることからも明らかに虚偽の記憶である。ではこれを夢とタグ付けされたフォルダに入れるかどうかというところまで考え始めると更なる混乱が生じ、とりあえず今朝見た夢だけをポンと置くのも不安なのでこうしてここに併記している。  うんうん唸りながら手記を書きつつふと手許の時計に目を落とすと、時刻は既に朝の六時を示していた。退室時間が迫っていたので急いで手記を閉じ、足早にシャワーを浴びて、途中まで読んでいた漫画のシリーズを棚に返す。延滞料が発生するのは癪なので、考え事は用事を済ませた後へと先延ばしにする。  ネカフェである。狭い個室で眠るという状況は大学生になってからそれなりに経験を積んでいて、安眠こそ難しいものの、最近では窮屈な格好でうつらうつらといるうちに問題なく夢まで見れるようになっている。  中臣氏と会う約束をしているのは午前十時で、あと四時間ほどの余裕がある。昨夜研究室の用事で帰宅の遅くなった私は、わざわざ眠るためだけに自宅と出先の往復時間を費やすのも怠く、こうしてネカフェで一夜を明かすことにした。
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