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「おまけに眠りに落ちた直後に明晰夢へ突入できれば、現実の自分と意識は連続しているわけですから、意識の断絶も存在し得ない。感覚としては、指をパチンと鳴らして現実世界と夢の世界を瞬時に切り替えたようなものになる。さらには、今では覚醒後に混沌として理解不能だったと振り返るしかない夢も、リアルタイムな夢の中でそう俯瞰的に理解することだって可能になります。そうすれば、不連続な細部に気づいて、夢をいくつ見るか数えることも可能になるやもしれません」 「そう上手く行きますかね」  などと口では訝りつつ、そう言われると確かにそういう気がしてくるもので、私の脳は過去と夢とを混同するくらいには単純で誤魔化されやすい。 「しかし、僕は明晰夢なんて見たことがありません。明晰夢が有効な解決手段ではないかという話は理解できたのですが、では一体どうすれば明晰夢が見れるようになるんでしょうか」 「偶然だったかもしれませんが、手記を書くというのは良い試みだと思いますよ。信憑性については保証しませんが、確か夢日記を書くと明晰夢が見やすくなるなんて話も聞いたことがありますしね」  夢日記、という単語にはあまり耳馴染みがない。文字通り、夢の内容を書く日記ですと注釈が入った。 「ということは、このまま手記、あるいは夢日記とやらを書き続けて、明晰夢が見れるようになるまで待つというような感じですか。なんだか長期戦になりそうですね」  そうですねえと中臣氏は空を仰ぎ、もう少し手を早めることもできそうなのですがと言い出した。  それは一体と訊ねると、中臣氏は十五試合ぶりにヒットを打った野球少年のような満面の笑みで指を鳴らして、催眠術を試してみましょうと言い出した。 「どうですか、明晰夢を見るようになる催眠術なんて。別に大層な解決策ではありませんが、言葉の並びだけ見るとふざけた冗談みたいで面白くありませんか」 「確かに面白いですが、中臣氏さんはできるんですか。催眠術」 「催眠術はちょっと難しいですけど、まぁ、シテンを変えてみるくらいなら今からでもできるんじゃないですかね」  音声だけを聞き、うっかり「支点」と脳内変換しかけたところで、咄嗟に「視点」であることに思い至る。まぁまさか「始点」ではあるまいと気付いたところで、その台詞の意図については受け身を取り損ねた。 「ええと、視点を変える、と言いますと」 「つまり、先ほどから我々はいかに明晰夢を見るかということばかり気にかけているわけですが、まずその根本を覆してみようというわけです」 「……もう少し詳しくお願いできますか」  中臣氏は幼い子供を寝かしつけるような、微睡みに誘うような深い声でゆったりと喋り出した。
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