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「どうすれば明晰夢を見れるのか、ではないんです。もう既に明晰夢を見ている、そう認識を改めてみるんです。あなたは夢の中で夢から醒めたことはないと書いていましたが、それはあなたが夢の中で眠りを知らないから、というだけなんです。夢の中で夢を見たと認識したことがないから、その記憶がないだけ……」 「しかし、夢を夢と知るために夢の中で眠りから醒める必要があるというのは、何か議論が堂々巡りしていませんか」  中臣氏は首を横に振り、 「いいえ、今ここが夢の中なんだという認識さえ持ててしまえば、簡単なことのはずです。夢の中で、いつものように眠ってみればいいんですよ。だってここはもう、夢の中なんですから。夢の階層が一つ変わったくらいで大差はないはずです。毎夜、現実とされる今この夢の中で夢を見ているように、夢の中でも夢を見て、毎朝、現実とされるこの夢の中で目醒めているように、夢の中でも目醒めてください。そうして、夢を夢と知りましょう。今立つ場所が、現実ではなく、夢から醒めた夢であると、そう認識しましょう」 「夢から醒めた夢……」 「難しく考える必要はないんです。あなたのいう、目醒めたときの足元の確からしさを、現実に帰ってきた指標とするではなく、一つ上の階層の夢に覚醒したときの指標だと認識を変えればいい。目を閉じたまま、目を開けるんです。そうして明晰夢へと繋がる扉は開かれる」  首ががくりと落ちそうになるのを感じて、私は慌てて顔を振った。私は今、意識を手放しそうになっていたのか、と自覚する。自覚して、なお私の思考は鈍重になっていくようだった。中臣氏の声の在処だけを頼りに、なんとか意識を現実へ繋ぎ止めていた。 「とりあえず、このまま眠りに落ちてみましょうか」  そのときふと視界の端に、落語家の姿が映る。今朝書いたようなような比喩ではなく、明らかな質量と存在の手触りを残しながら。  果たしてこれは幻覚か、それとも現実なのか。意識が混濁している。そもそも中臣氏との邂逅はどのようにして行われたのか、どのようにここまで来たのか、そもそもここはどこなのか。  朦朧とする視界と世界の間で、簡単に停止できる私の思考は、もうそんなことすら思い出せなくなってしまっていた。そんな私に、そんな私でも、確かに言えることがあるとするならば。  中臣氏と会うことは、夢であった。
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