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覚醒する瞬間、一体何が私を覚醒させるのか。現実に引き戻されるのか、夢から押し戻されるのか。もちろん答えは前者に決まっているのだが、実感としては後者も捨てがたい。
ふと夢から醒めて目を開くと、正面に中臣氏が座っている。
「眠っていましたか」
「眠っていましたね」
さすがに詫びを入れたものの中臣氏はさして気にした風もなく、むしろ興味深そうに「明晰夢は見れましたか」と訊ねてきた。
「いや、見れはしたと思いますし、実際夢の中で夢だと気づいていたことは微かに憶えているんですけど、じゃあ細部まで憶えているのかと訊かれると、さすがにそれはちょっと否定せざるを得ませんね。そもそもスタート時点で『これは夢だ』と気づけていたわけでもありませんし」
それは残念、と軽く受け流されて、
「でもまぁ、大きな前進じゃないですか。この調子で訓練を続けていれば、いずれ入眠と同時にシームレスに明晰夢へ接続できるようになっていくと思いますよ」
「はぁ」
「そうすれば意識の断絶を怖れることもなくなります。夢を夢と認識しながら夢を見ているので、夢での記憶と現実の記憶がごっちゃになることも、まぁ現場のレベルではなくなるはずです」
夢の中で歯を磨いているのだと認識していれば、夢から醒めた現実でもう一度歯を磨くことに抵抗はないはずで、なんなら夢の中ではわざわざ歯を磨かなければよいと中臣氏は暴論を構える姿勢だ。
「それはどうなんでしょうね。夢の展開次第ではありますが、歯の磨いていない自分と会うことになる夢の中の人々に申し訳ないような気もします」
「いやいや、夢の中にいる人達なんて所詮は無意識の産物なんですから、さして気にかける必要もないとは思いますけどね。とはいえ、そのような心がけは立派です。夢の中だということだけで傍若無人に振る舞うよりかは遥かに好印象だ」
ただし明晰夢を見る人はしばしば、と中臣氏は言葉を続ける。
「明晰夢では夢の内容を自分の思うがままに変更できる、というようなことを言いますからね。歯を磨かない展開がお好きであれば、そのようにすればよろしいのでは」
「そうなんですか」
「ええ。もちろん、無意識の構築する世界で、どの程度思うがままになるのかは定かではありませんが、少なくとも歯を磨くかどうかというような、自分の行動如何くらいは操れるようになるんじゃないですかね」
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