3/5
前へ
/36ページ
次へ
 確かにそうであってほしいものだとつくづく思う。今いる世界が夢だと気づいたところで、夢の流れに身を任せ、そこに立つ自分の肉体を傍観するしかできないのであれば、それではさながら脳の中の幽霊だ。  現実の自分と地続きに意識を共有しているのであれば、せめてどこへ向かって何を喋るのかくらいの自由は利かせてもらいたい。 「現実と見紛うはずもないほどの馬鹿馬鹿しい夢がお望みであれば、思いつく限りのナンセンスな夢を構築すればよいでしょう。そこまで都合のいい世界を自分の手で意識的に構築可能なのかどうかはさておき、そうあるように行動することは可能なはずです。それに対して周囲の人間がどのような反応をしてくるかは意識と無意識の揺らぎの中で決まってくる不確定な事象ではありますが、一方で他者を思い通りにできないことは現実でだって日常茶飯事なのですから、まぁ変わりありませんよね」 「だとしても、実際夢だと気づいた時点で世界の構築は完了しているはずですから、夢のテイストを一気にナンセンスへと染め上げ新たに構築することは難しそうですが」  寝る前にどういう夢を見たいのか事前に決めてしまえる訳もなく、私は基本、その日に見た夢を受け入れる形で過ごしている。  夢の中身を事前に知る手立てはない。夢と知らぬまま夢の中へと投げ出される私は、置かれた状況を丸ごと呑み込み適応していく。冷静に考えれば筋の通っていない論拠も現場のレベルで超解釈し、一点の曇りもなく物理法則は歪な調和を見せていて、系内部からその瑕疵を問うことは不完全性定理を持ち出すまでもなく不可能だ。  まだ私も明晰夢の経験が浅いゆえ断定的に語ることは憚られるが、さりとて万能のように語られる明晰夢とはいえ、「ここが夢だ」ということを認識することが可能な夢だというだけで、こうして一方的に押し付けられる不合理で不条理な夢の特権に打ち克つことが叶うとは到底思えない。 「それについては仰る通り。そこで提案なのですが、眠る度に夢の中で宇宙は開闢し自分も新生している、というような認識に改めるのは如何でしょう」  というのは中臣氏の発言で、要するに何を言いたいのか大いに見当がつかない。恐らく、見ている夢というのは一つの宇宙に匹敵する規模の無意識の集合体で、自意識ひとつ、着の身着のまま乗り込んできた私が夢に対して干渉できることなど、人間が現実世界に対して干渉できるそれの程度に等しいと言いたいのだろう。 「いえ、もちろんそういう意味もあるにはあるのですが。あなたの仮説の、その先の仮説ということで、あるいはという風には考えられませんか」 「ええとつまり、眠りにつく度に本当に宇宙が脳内で誕生していて、さらにそこでもう一人の私が暮らしていると?」 「そう。そしてあなたは、覚醒する時に夢の中の自分から記憶を引き継ぐ。このメカニズムこそが夢という現象の真実なのだとしたら、もう『不合理で不条理な夢の特権』とやらを感じなくなるやもしれませんよ。受容するしかないように見える夢の中の世界とて、生み堕とされた後から望むように変えていける。『認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う』なんて言われる、この脆弱な現実の世界と同じように」
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加