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「ふふん、それについてはですね、」と中臣氏。 「これで説明がつくんじゃないかと思います」  そう言いつつ膝の間からテーブルの上に然り気なく移動した右手と共に、重そうな音を立てながら拳銃の姿が現れた。マットな黒々とした質感には見覚えがあるが、銃火器に詳しくない私からすると詳しい名称までは判別できない。 「一体なんの冗談ですか」 「それが冗談ではないんですよ」  中臣氏はまるで週末の予定を確かめるかのようなテンションでマガジンを装填し、スライド機構を無骨に鳴らした。 「もっと詳しく説明してください」 「そのためには、夢から覚醒する瞬間、一体何があなたを覚醒させるのかという疑問について考える必要がありましてね、」  どうしてあなたがそのことを、と言いかけて、もしやと私は息を呑む。なぜ思考を読まれているのか。それはまだ手記に書いていない。いや、今はもうのか。 「驚かないで」  中臣氏は機先を制して私を制した。拳銃を突きつけられながら「驚かないで」と言われるシチュエーションはいかにも滑稽だが、よくよく考えてみればいくつかの劇や映画でそんなような台詞を聞いたことがあるよな気もする。  そんなことを思ったのは、随分後での話だ。 「そう、ここが夢です。あなたはようやく夢の中で夢から目醒め、そしてここを夢と認識しました」  それよか、もっとこの世界の手触りによく慣れなさいと命ぜられ、私は促されるままテーブルに手を置き表面を撫ぜた。次にソファ、伝票、マグカップ。意識がこの世界へ徐々に徐々に馴染むよう、世界と肌を重ね合わせていく。 「夢が終わるから目が醒めるのか、目が醒めるから夢が終わるのか。私はもちろん、前者の説を推しています。このハンマーが振り下ろされる時、あなたは夢の中での生涯を終え、一つ上の階層のあなたへと記憶が引き継がれていく。夢の移り変わりとは、その時に発生する転写エラーのことなんですよ」  そう言う中臣氏の顔がぐにゃりと歪む。そこにいるのは秀松亭霧幻の姿に相違なく、そうして私はついに知る。あるいは既に知っている。この夢の移り変わりは、既に覚醒を済ませた私の手による編集だと。こうして手記を書く私の手による編集だと。  だから言ったでしょう、という声が脳内に響く。 「夢物語というやつは、文字通りの夢物語じゃいかんのです」  霧幻の言葉の後に続けて、乾いた音が鳴ったかまでは、残念なことに定かでない。
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