社長はサンタクロース

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 ワゴンが門扉の前に止まると、玄関先が明るくなった。  雅也が運転席から飛び出し、玄関ポーチに足を運ぶと、ドアの隙間から女性の顔が現れた。 「鬼丸運輸の者です」雅也は小声で告げた。  ドアが大きく開き、厚着している女性が姿を現す。 「よろしくお願いします」  女性は消え入りそうな声で答えた。  女性を助手席に、子供二人を後部座席に座らせた。  男の子が八歳、女の子は五歳と聞いた。  赤いセダンが戻る前に出発しなければならない。雅也はすぐにエンジンを始動した。  女の子が母親に話しかけた。 「ねえパパは?」  その愛くるしい声に雅也の胸が締め付けられた。  母親は振り返り、「新しいおうちで待ってるわよ」と答えた。 「ぼく今のおうちがいい」と男の子が言った。  今度は雅也の胸に痛みが走った。  母親は、「今度のおうちもきっと気にいるから」と小声で言った。 「わかった」  男の子はそう言って、リュックサックからポッキーを取り出し、女の子にすすめた。女の子は黙って受け取り、口にした。それから子供たちはしばらく車窓から流れる街灯を眺めていたが、車内の暖房が心地よかったのか、すやすやと寝入ってしまった。  雅也はルームミラーでその様子を確認し、安堵の笑みを浮かべて運転に集中した。幹線道路に入り、交差点の信号待ちのときに母親に言った。 「あと一時間ほどで着きます。奥さんも少し休まれたらどうですか?」  母親は首を振った。 「最近よく眠れなくて。私たちこれからどうなるんでしょうか?」  母親の顔を横目で見る。目は落ち窪み、疲れ切った顔をしている。不意に当時の妻の顔を思い出し、憂鬱になった。 「今は何も考えないでください。目を閉じているだけでも休まりますよ」  雅也はそういうのが精一杯だった。  夜逃げした家族の末路なんて想像の範囲を超えている。無論、悪い方に転がっていく可能性が高い。ただそれも家族次第だ。家族がばらばらにならないように夫婦で乗り切るしかないだろう。  逃げたところで何の解決にもならないと結論づけた雅也は家族と離れて暮らすことを選択した。こんな自分が父親では、まだ幼い息子と娘にも、十分なものを与えてやれないと考えたからだ。  しかしそれが正しかったのかどうかは雅也にもわからなかった。 「あの……信号が青になりましたよ?」 「あ、すみません」  雅也は慌ててアクセルを踏んだ。  車体が揺れたが、雅也の心もぐらついていた。  多額の借金は、まだ完済できていない。しかし、目処はついた。調子のいい話だとは雅也自身でも思っているが、もしかしたらもう一度、家族みんなで、あのころのように……。
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