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流れの良い幹線道路から脇道に入り、木々が生い茂る森に囲まれた山道を進んだ。舗装されているものの、対向車が来たらすれ違えないくらいに道幅は狭く、慎重なハンドルさばきが要求された。ほとんど一本道なので道に迷う心配はないが、神経をすり減らすような運転だった。
「こんな山奥なんですね。私たちの家……」
母親がぽつりとこぼした瞬間、山道が終わり、開けた道路に出た。
月明かりの下、見渡す限りの田園風景と、道路脇に設置された古い看板が視界に入った。
「そろそろ着きますよ。ご主人がお待ちです」
村の通りを走っていくと、スーパーやコンビニなどが散見された。
目的地はこの先にある郵便局の駐車場。そこで依頼主に引き渡すように雅也は指示されている。
「お待ちしておりました。今日は本当にありがとうございます」
男が軽自動車から降りてきて、膝に頭がつくほどのお辞儀をした。
雅也は寝入ってしまった女の子を抱きかかえていた。男はそれをまるで宝物のように受け取り、軽自動車の後部座席に下ろした。
男の子は母親に連れられて目をこすりながら女の子の隣に腰掛けると、電池が切れたおもちゃのように動かなくなり、すやすやと寝息を立てる。
その様子を見ていた男はほっと一息ついて雅也に向き直った。
「それではここにサインを」と雅也は言った。
男は差し出されたペンを取り、受領書にサインをした。
雅也は受領書と引き換えに、三日前に絵美里の元に届いた茶封筒を男に渡した。
「証拠は残さないようにと社長から聞いています。これは依頼主のあなたにお返しします」
男は中身の依頼書を確認すると小さく頷いた。そして母親と並んでもう一度深々とお辞儀をした。
「このご恩は一生忘れません」
母親の言葉に掌を数回横に振った雅也は踵を返し、ワゴンに乗り込んだ。
これで任務完了である。雅也は人目を気にしながらすぐにその場を去った。
ルームミラーに目をやると、頭を下げている夫婦の姿が映っていた。
ミラー越しに軽く会釈し、アクセルを踏んだ。
夫婦の姿が見えなくなり、村の通りの途中にあったコンビニの駐車場にワゴンを入れた。煙草に火をつけ、ひと心地着いたところで絵美里に報告する。
「雅也です。ミッションコンプリート、異常ありません」
「そうか。ご苦労さん。何か変わったことはないか?」
「いいえ、特には。そういえば対象を拾うときに警察と出くわしましたけど、社長から預かった荷物のおかげで事なきを得ました」
「はは、それは良かったやないかい。それでな、実はもう一つ届けてもらいたいものがあるんや。雅也に預けたその荷物、今からいう場所にすぐ持っていってもらいたいんや。ええか、いうぞ――」
「ちょっ、ちょっと待ってください。今からカーナビに入力しますんで!」
慌てた雅也は煙草の煙にむせ返ってしまう。
「何しとんのや! 最後の最後まで気い抜くなっていつも言っとるやろ! それがプロっちゅうもんや。おうちに帰るまでがおまえの仕事や。ちんたらすなや!」
「すっ、すみません。はい、準備できました……どうぞ」
真冬にも関わらず、雅也の額に一筋の汗が流れていた。
その様子はまるで学校の先生に叱られている小学生のようだった。
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