社長はサンタクロース

1/6
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 鬼丸運輸代表取締役鬼丸絵美里は、事務室窓のブラインドごしに沈みゆく夕陽を一人眺めていた。若かりし時分には地獄の鬼にメンチを切ったと噂されていた彼女も今ではすっかり丸くなり、近所の子供たちから「エミおばさん」と呼ばれ、慕われている。 「エミおばさんかい。うちも年食ったもんやな」  振り返った絵美里は誰に言うともなくささやき、子供たちが散らかしていった事務室を眺めていたが、不意に思い出したように机の引き出しを開けて、一通の青い封筒を取り出した。消印は三日前の日付になっている。差出人に心当たりはなかったが、中身を読んだ彼女はある決断を下した。そして今日がその決行日である。  ややあって、ドアをノックする音が聞こえてきた。 「入れ」  ドアが開き、「失礼します」と入室したのは葛西雅也だった。眼光鋭く、どこか常人にない精気を発散している雅也も絵美里の前では借りてきた猫のようにかしこまっていた。 「今日の仕事はわかっとるな?」 「はい。専務から聞いております」 「よっしゃ。すぐに出発せえ」 「わかりました」  雅也は深々と頭を下げて退室した。  雅也は以前勤めていた会社を辞めて起業したのだが、事業に失敗して多額の借金を抱えてしまった。このままでは家族にも迷惑をかけてしまうことに思い至った彼は、妻に離婚を切り出し、家族と暮らしていた家からアパートの一室に引っ越したのち、絵美里の会社に転職したのである。  雅也は家族のことを忘れようと一心不乱に働いた。そうすることが捨ててしまった家族に対する贖罪だといわんばかりだった。折しも今日はクリスマスイブ。他の社員がそわそわしながら家族の元へ帰っていく姿を横目に自ら進んで残業したいと申し出ていた。    雅也は指示されたとおり、サンタクロースの衣装に着替え、白いワゴン車に乗り込んだ。万が一のためにと絵美里からは男の子用と女の子用のプレゼントを預かっていたものの、今回の仕事には使わないだろうと考えていた。これから向かう先は隣町の一軒家。夜逃げする家族の引っ越し作業である。といってもすでに家屋敷、家財道具一式は裁判所から差し押さえられている。荷物自体は何もない。せいぜい夜逃げ家族の手荷物ぐらいだろう。問題は債権者が雇った監視役のゴロツキ共。奴らの目を盗んで無事に出発できるかどうかが今回のヤマなのだ。雅也はハンドルを握る手に力を込めて、アクセルを踏んだ。  高台にある住宅地にその家はある。遠き山に日が落ちて、あたりはすっかり闇の静寂に包まれていた。時刻は午後七時過ぎ。似たようなデザインの家が立ち並ぶ夜道を走っていた。道には緩やかな勾配があったが、しばらく進むうちに傾斜が少しずつ大きくなっていくようだった。それとともに民家がまばらになっていく。 「もう少しだな」と雅也は呟いた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!