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荒野のイーリス
「罪無き者たちの命を奪っておいて、何が神か!
お前の傲慢さが押し流した魂に敬意を持たずして、何が神か!」
イーリスが剣を掲げると、鋭く走る閃光がレームの首へと放たれた。
波の剣で閃光を受け止めたかと思った瞬間、レームの懐へ入ったイーリスは黄金の剣を突き上げた。
怒りは叫びとなって、黄金の剣と共鳴した。
神の心臓を深く刺し貫いた剣は乙女の瞳と同じ色に燃え上がり、嵐の神を激しく焼き尽くした。
嵐の神から吹き出す血を顔面に浴び、それでも尚、乙女の怒りは収まるところを知らず、聖剣に力を与えた。
ジュウジュウと音を立てる嵐の神とその絶叫を耳にして、イーリスが持つ剣は光を増す。
「思い知れ!
お前が踏み躙った者たちの魂の怒りを!
そしてその命を以て贖え!
傲慢な神の力の代償を!」
遂に嵐の神は絶命し、霧となって消えた。
そして雨は止み、透き通るような青空と、純白の雲、そして空いっぱいの虹が彩る世界が誕生したのだ。
世界から争いは消えた。
世に再びの平和が訪れたのだ。
しかし、嵐の神を殺したところで、想い人が生き返ることはなかった。
恵みをもたらす神の力も聖女の力も、既に亡くなった者を蘇らせることはできないのだ。
嵐が全てを押し流し荒野となった地を、イーリスは虚ろな目で歩き続けた。
それは絶望の旅路だった。
想い人はもうどこにも居ない。
かつて想い人と共に過ごした場所には何もない。
イーリスの生まれた村は土砂に埋もれた瓦礫しか残っていなかった。
イーリスは傍らの小さな岩を想い人の墓標とし、跪き、目を閉じた。
脳裏に溢れ出てくる想い人との記憶。
忘れることのできない記憶。
込み上げてくる感情は涙となってぼろぼろとこぼれる。
イーリスは想い人の墓の前で止まらぬ涙を拭い続けた。
大地を潤すのは嵐の神ではなく乙女の慟哭であった。
泣き続けても空虚な心が満たされることはなかった。
そしてイーリスは想い人への手向けとして、聖剣にその命を捧げ、自ら花となり、傍に咲き続けた。
だからこの荒野に咲く紫の花はイーリスと呼ばれ、剣のように鋭い葉を持つ。そして花が咲く季節の前には大雨が降り続けるのだ。
今もこの地では、墓前に供える花は決まってイーリスであるという。
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