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程度の問題
ある国にとてもうつくしい姫さまがいた。どれくらいうつくしいかというと、どんな宝石でも姫さまの前ではかがやきを失ってしまい、どんな大自然の景色でも姫さまを引きたてる背景になってしまうくらいだった。
なぜこのような姫さまが生まれたかというと、姫さまがうつくしい王さまとうつくしい王妃さまから生まれたからだ。ふたりのうつくしさの、良いところをかけあわせたような存在が姫さまであった。ここまで条件がそろえばいままでにない美貌を持った姫さまが誕生するのも納得といえば納得のことだ。
しかし、うつくしすぎるのも困ったことがあって、
「姫さま、隣国の王子がやってきてお目にかかりたいというのですが」
家来が姫さまに告げる。姫さまは城の廊下を歩きながら家来に言った。
「またあのひとですか。二日前にもあったばかりでしょう。いったい、あと何回会えば気がすむのです」
「そのとおりでございます。わたしに力があれば姫さまをこの手で守れるのですが、無力なわたしが残念でなりません」
心から悔しいという風に家臣が口にする。姫さまのうつくしさはみなに平等だ。家臣も例外ではない。
「今日は体調がすぐれないとでも言って追いかえしなさい。どうせ会っても、あなたはうつくしいうつくしいとくり返すばかり。あのひとと話すことはなにもないわ」
「は、そのように伝えます。あの、ほかにわたしにできることはありませんか」
家来が姫さまのあとをぴたりとついてくる。親鳥のあとを追うひなのようだ。
「なにもありません。あなたもわたしにつきまとっていないで、さっさと持ち場に戻りなさい」
「はあ、それは。たいへん残念なことで」
姫さまに一喝された家臣は、あからさまにがっかりした様子だった。肩を落としてとぼとぼと城の廊下を戻っていく。
「まったく、こうもうつくしいと気が休まるひまがありません」
早足で自分の部屋を目指す。他人の目に触れているあいだはなにかとちやほやされがちだ。自分ひとりでいる時間が、唯一心が休まるときと言えた。
だが、一国の姫さまである以上、部屋に閉じこもってばかりはいられない。王さまや王妃さまから言われて、たまに民衆の前へすがたを見せることがある。姫さまのすがたを民衆が求めているそうだ。
姫さまは釈然としない思いを抱えながらも、しぶしぶバルコニーへ出る。すると、それを待ちかまえていたかのように地鳴りのような声が湧きあがる。ひと目でも姫さまを見たいひとびとが、バルコニー下の広場に大集結している。人間が寄せ集まってわらわらとうごめくその様子は、まるで一匹の巨大な生きもののようだ。姫さまがあらわれたのを知ると、その生物はすこしでも近くに寄ろうとする。大きな塊のなかで人間が押したり押されたりするさまは戦場より過酷だろう。
姫さまはここで下手に声をかけてはいけない。すばやく部屋に消える。さもないと、姫さまを目指すひとたちが折り重なって死人が出るからだ。たとえ自分のすぐ下でひとが死んでも民衆の行動は止まらない。彼らの目に映っているのはうつくしい姫さまだけだ。姫さまの容姿は麻薬のようなものなのだ。そこへ声をかけでもしたら、余計な死人が増えるだけ。さっとすがたを見せてまぼろしのように消えるのが、一番利口な方法である。
すこしのあいだすがたを見せるだけでひと苦労だ。
「こんなことやめましょう」と王さまに言っても聞きいれてもらえない。
「ひとびとはお前のすがたを求めているのだ。国を預かる者の責務だと思って我慢してくれ」
「ですが」
「しかたないのだ。お前がすがたを見せなければ見せないで暴動が起こる。そのさわぎはすがたを見せたときの比ではない。死人の山ができるぞ」
こう言われては受けいれるしかない。姫さまもいたずらに国民の命を捨てていいとは思っていない。自分がうつくしいばかりにとんだ苦労を背負ったものだ。
姫さまが城の外に出るときはさらに盛大だった。姫さまの乗る馬車のあとを獣の群れみたいに民衆がついてくる。道の両脇には姫さまをすこしでも見ようと、ひとが二重三重にもつみ重なった。
このどこからわいたかと思うひとの大集団は、姫さまが城に帰るまでつきまとう。
「どうにかならないのですか」と家臣に聞いても、
「わたくしにはどうしようもございません。なにしろ、姫さまがこうもうつくしくては止める理由もなく。ああ、どうして姫さまはそれほどまでにうつくしいのでしょう。姫さまのそばにいると、わたくしは自分が醜く思えてしかたありません。ですが、この不浄な感情も姫さまのうつくしさで浄化されるのでございます。ですから、姫さまは――」と話にならなかった。
あまりにもまともな生活が送れないので、姫さまは王妃さまに悩みを相談した。
「お母さま、わたしは自分の外見がどうも好きになれません」
王妃さまは信じられないといった顔で聞きかえした。
「まあ、それはどうしてなの」
「わたしの言動ひとつで大きなさわぎが起きます。残念なことにそのさわぎで亡くなるひとがいるそうではないですか。それがわたしの容姿のせいだと思うと、なんともむなしい気持ちになるのです」
姫さまが口にする。言葉だけ受けとれば非常に嫌味なセリフに聞こえる。しかし、姫さまを前にすればだれもがすなおにこの言葉を受けとるだろう。神さまに向かって「あなたは偉そうな態度を取りますね」と文句を言うひとがいないのと同じ理由である。
「そんなことは気にする必要はないわ。あなたのせいではないのですから。それにわたしも王さまもあなたのことを誇りに思っています。わたしですらうらやむ美貌を持つあなたを娘に持てて、しあわせ以外のなにものでもないわ」
王妃さまにとって姫さまはかがやく宝石のようなものだった。機会があるごとに他人に自慢できる。けなすひとはまずいない。娘がほめられるのを自分のことのように感じていた。もちろん、嫉妬がないといえばうそになる。自分よりうつくしい存在が身近にいる。だが、その嫉妬を消して余りあるほど、姫さまの魅力は稀有なものだった。
そんな王妃さまの思いを姫さまは知るよしもない。
「はあ、こんなことになるのなら、ほかの顔に生まれたかったわ」
姫さまがため息をつく。ただそれだけの動作なのに、見るものには神秘的に映る。
「ほかにどんな顔がいいというのよ。あなたのような顔はこの世でたったひとつの宝物よ。目にするのもおぞましい悪魔のような顔になったら困るでしょう」
「それはそうだけど。もっとちょうどいい顔があったはずよ」
姫さまがあたりを見回す。しばらくのあいだ部屋中を探していた視線が、ある一点で止まった。
「あら、ちょうどいい顔があるじゃない」
姫さまの目は王妃さまをとらえていた。
「手ごろで、ほどほどにうつくしいわ。こんな顔ならさぞかし扱いやすいでしょうね」
手ごろと言われた王妃さまはさすがに我慢できなかった。姫さまと比べてそこそこに整った顔が真っ赤になる。
「まあ! まあ! なんてこと!」
「お母さま、どうしたのです。せっかくの便利な顔が台無しですよ」
「まあ!」
〈了〉
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