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挿話1 『HEAVEN』の金庫番 澤田剛毅のぼやき
放課後の『HEAVEN』。
部屋のど真ん中にある繭香特別席の横に、いつものようにドア側を向いて座り、先日の交流会に発生した大量の領収書を仕分けていると、廊下の向こうから軽やかな足音が聞こえてきた。
(可憐と夏姫か……?)
顔をあげないまま判断し、そのまま作業を続行していると、案の定二人分の声が部屋に入ってくる。
「おっ剛毅! 今日も早いな!」
まるで男同士のような声のかけ方をしてくるのは夏姫。
「ちょうどよかったぁ、まだ渡してない領収書があったの……ほら」
妙に艶のある声で、甘えたように話しかけてくるのは可憐。
いくら学園一、ニを争う美女といったって、可憐の色仕掛けなんて、俺にはまったく興味がない。
「ああ、そうか」と軽く聞き流そうとしたのに、その内容はどうしても聞き流せるものではなかった。
「領収書まだあんのか!? 今回の交流会で、いったいいくら使ったと思ってるんだ!」
思わず大声で叫んだら、両耳を塞いだ夏姫の隣で、可憐が泣きそうな顔をした。
(う、ヤバイ……これは泣かしたな……)
もともと強面の上に、日頃から部活で太い声を出しまくっている体育会系。
クラスの女どもは「恐い」とか言ってまったく話しかけてこない自分をすっかり忘れていた。
「す、すまん……言い過ぎた……」
慌てて謝ったら、可憐はすぐに笑顔になった。
その変わりようが、妙に早過ぎると思うのは俺だけだろうか――。
「いいの、私がいけないんだもん……この領収書、私が自腹を切るね」
あくまでも見た目は健気に涙を拭きながら、そんなふうに言われれば、俺だって鬼じゃない。
仕方がないから可憐に向かって手をさし出す。
「わかったから、こっちに渡せ……」
「ありがとう! 剛毅!! 大好き!」
嬉しそうに叫んで、俺の手に領収書を乗っける可憐の動作が、早すぎはしないだろうか――。
(気のせい……か?)
「じゃあ私、今日はダンスのレッスンだから、もう帰るね……バイバーイ」
おそらくは校門で待っているだろう彼氏のもとへと、急いで去っていく可憐の背中を俺と一緒に見送りながら、夏姫がポツリと呟いた。
「ふーん……剛毅でも、泣き落としにひっかかるんだ……ふーん……」
さも意外とでも言わんばかりに呟きながら、夏姫までさっさと部屋から出ていく。
つまりは俺に領収書を押しつけるつき添いのためだけに、ここに来たというわけだ。
「……泣き落とし! やっぱりそうか!!」
今さら悔しがってももう遅い。
俺は仕方なく可憐が置いていった領収書を、山の一番下に加えた。
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