別に…

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「別に…」 彼女は待ち合わせの場所で一度目を合わせたきり、チラリともこちらを見てくれない。 いつも皆といるときは、元気で明るくてお喋りな人なのに、今日に限って無口だ。“への字”になるくらいに頬杖をついて、ずぅっと目を逸らしている。 そういえば今日の誘いに対してだって、返事は 「別にいいけど」 だった。 つるんでる男友達とは、くだらない話でよく盛り上がっている彼女だけど、俺に話しかけることは滅多にない。挨拶すら背中越しに返してくれるのがやっと。俺が勇気を振り絞って声をかけても聞こえてるのか聞こえてないのか。聞いてるのか聞いていないのか。いつもそんなのだ。 「体調でも悪い?」という俺の問いに対する答えも「別に」だった。 とりあえず入った喫茶店で、彼女は夏の名残なのか、大きめのアイスコーヒーを頼んでいた。珍しくシロップを入れたそれは、もう半分くらいまで減っていた。 俺の手元のホットは1口分しか減っていないけど、すっかりぬるくなっていた。いたたまれなくなって、カップをずっと揺すってる。そのうちクリームにでもなってしまいそう。 話したいこはたくさんあった。あんなこと話そう、こんなこと言おうって、たくさんシミュレーションをしてきた。想像の中の彼女は常に笑顔だったのに、目の前にいる本物の彼女は…。 「俺といてもつまんないよね?」って自虐的な言葉が喉まで出てきたとき、ふと思い出した。“そいつといるとつまらないって思うのが恋だ”ってセリフ。なんかのドラマか漫画の。そう思って彼女を見てみると気がついた。スカート姿の彼女は初めてだし、靴もいつものスニーカーじゃなくて秋らしいブーツ。唇だっていつもより艶やかだ。綺麗だな。そっぽを向いているのをいいことに、俺は彼女に見惚れていた。 たしかにつまんないや、嬉しいけどドキドキしてばっかりで楽しくない。こっちから誘ったのに、意識しすぎて、今朝は会いたくないと思ったくらい。 「今日は…どうした?」 不意に聞かれて見直すと、一瞬だけ目が合った。彼女は“あっ!”って顔になった。きっと俺もそうだ。 “好きだから”って答えにもなっていないことを思って、口からは 「ふたりで会うの、って…珍しいよね。」的を射ていない。 「そうだね。」 「珍しい、って言うか、初めてだよね。」 「…そうだね。」 ふたりともあさっての方向を見ていた。 外は、なんでもできそうな秋晴れ。散歩だってドライブだって、なんだってきっと気持ちいい。遊園地や動物園は子供染みてるかな。 そういえばこの後のプランを考えていなかった。シミュレーションでは会話が盛り上がって、行き先が決まる、ってはずだった。 ひとつも思いどおりにならないや。 また沈黙になりそうなとき “ズズッ” って、彼女がアイスコーヒーを飲み干す音が店内に響いた。 ふたりとも周りを見渡したが、みんな自分達の会話に夢中で、そんなの気にも留めていない。ぐるりと観察したあと、ふたりは目が合って、思わず笑い合った。 俺の大好きな笑顔だ。ううん、いつもよりずっと可愛いかった。初めて見る笑顔だった。 「ちょっと歩く?」 俺は外を指差して言った。 彼女は秋空を見上げて「別に」と言いかけて頷いた。 「いいよ。」
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