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枕元に神様が立ち、俺に何かを手渡した。
「それがおまえの望みか。ならば、これを授けよう。これでおまえの怒りも少しは鎮まるであろう。うぉほ、うぉほっほ」
豪快に笑う神様は白い髭を生やし、白いバスローブのような服を着ていた。
まさしくギリシャ神話で見るような神様だった。
目を覚ました俺は、夢の中で神様に何を望んだのかを思い出そうとしてみた。
う~ん、思い出せない。
すぐにあきらめて時計を見る。
なんだ、まだ六時が。いつもより三十分も早い。
すっかり目を覚ました俺は、枕元に置いてあったテレビのリモコンに手を伸ばす。
とそこで異変に気がついた。いつもと勝手が違う。形は同じだが、俺が手にしたリモコンは大きなボタンが三つ。
△□〇と味気ない記号とともに文字も書いてあった。
△ボタンには再生、□ボタンには停止、そして〇ボタンには消去と書かれている。
なんだこのリモコンは?
「おい、テレビのリモコン知らないか?」
隣で眠る妻に声をかけると、
「なによもう、起こさないで。もう少し寝るんだから」
怒られた。とここで俺はなぜか違和感を覚えた。
そうか。俺は結婚していたんだ。
いつもと同じ、当たり前の現実なのになにか変だった。
なんだろうか。この感じ。頭を捻る。ま、気にすることはないか。
「なあ俺の弁当は?」
布団を被った妻にもう一度呼びかける。
妻も働いているが、フリーのライターだ。時間はどうにでもなる。今の彼女にとって主な仕事は幼稚園に通うひとり娘の相手をすることだ。幼稚園は八時半にバスが迎えにくる。だから毎朝七時ごろまで寝ていた。
「起きたらちゃんとつくるから。もう少し寝かせてってば!」
「なんだよ。そんなに怒ることないだろ」
公私とも怒られることには慣れている。会社でも上司がやたらうるさい。
くそっ。さっさと起きて、たまには俺の弁当でも作ったらどうだ。
イライラをぶつけるように△再生ボタンを押した。すると、奇跡が起こる。
「あら、いやだ。もうこんな時間。すぐにお弁当を作るわね。あ・な・た」
妻は付き合いはじめた頃を思わせる甘い口振りで俺に囁くと、急いで台所に向かった。
胸がスッとした。
これこそ神様からのプレゼントだ。
俺は神様に望んだことを思い出した。
『いつも我慢ばかりしてストレスが溜まっているんだ。神様ならどうにかしてくれ』
そう言ったのだ。それで神様がこのリモコンをくれたというわけだ。
なるほど。△再生を押すと動いてもらえることがとわかった。そうなると停止と書かれた□は妻の動きを停止させることになる。せっかくこちらの期待したとおりに動いてもらえたのにわざわざ停止させることはない。
俺は停止ボタンには触れず、布団で伸びをした。
すがすがしい気持ちだ。
だけどふと思った。〇消去ボタンを押すとどうなるのだろうか。
想像すると恐ろしくなった。
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