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出社すると、いつものように意地悪な上司が俺を目がけてやってきた。
「おまえのあげてくる企画書なんだけどな。毎回言うけど、こんなんじゃダメなんだよ。もっと納得いくように書き直せ」
上司はいつも具体的にどこが悪いか、はっきり言わない。ただ気に入らないとばかりに怒鳴りつけてくるだけだ。俺はムッとしながら、
「すいません。気をつけます」と口先だけあやまったあと、睨みつける上司に向けて、リモコンの△再生ボタンを押してみた。
が、なにも起こらない。むしろさっきより勢いを増した感じで喚いている。
いったいどうなってるんだ。今朝、妻には俺が望んだことをやってもらえたのに。
もしかすると△再生ボタンは動くつもりでいるけど動けないでいるものに対して有効なのかもしれない。
それならば、□停止ボタンを押してみた。その瞬間、上司は消えた。
え? 俺は間違って〇消去ボタンを押したのかとリモコンをまじまじと見つめた。
周りの同僚は誰も気がついていない。
いや、たしかに□停止ボタンを押したはずだ。
怖くなって、上司が消えた場所に向けて△再生ボタンを押す。すると、上司が元通り、さっきと同じ格好で俺の目の前に立った。
「いいか。俺の日本語、わかったか!」
停止していたとは思えない滑舌で、嫌味は健在だった。
「わかりませんね。ちっともわかんない」
ついに俺は言ってやった。ずっと言ってやりたかったセリフを。
「な、なんだと。おまえ、自分がなにを言ったか、わ、わかってるのか!」
「わかってますよ。だって日本人だもん。でも、あんたが言ってることちっともわかんないなぁ。それ日本語?」
「な、なんだ、その態度は! あ、頭を冷やせ! いますぐ俺の前から消え失せろ!」
上司は口から泡を吹いて怒鳴った。
だったらおまえが消えろ。
俺はついに消去と書かれた〇ボタンに指を載せた。
瞬間、上司は跡形もなく消えた。
凍りついた周りの視線は一斉に何事もなかったかのように動きだす。まるで俺と上司のやり取りなどなかったかのように。そして、じっさい誰一人として上司のことは覚えていなかった。
なるほど。消去ボタンで存在そのものが消えるのか。
すごいアイテムをゲットしたもんだ。これで消したいやつが現われたときは〇消去ボタンを押せばいいんだ。
そうだよ。これさえあればいつでも目の前から嫌なやつが消せるんだ。
俺ははじめて職場で清々しい気持ちを味わった。
うるさい上司はいないし。ほかにも文句を言うやつが出てくればすぐさま消してやった。
まったく後ろめたい気持ちはなかった。
定時にタイムカードを押して家に向かう。
こんなこと入社以来はじめてだ。
電車に揺られながら冷静になって考える。
神様からのプレゼントだったけど、使い方次第では恐ろしいものなんじゃないかと思った。というのも俺は誤解から職場で消す必要のない人間まで消してしまった。
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