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常設展示室C 魔道具法の制定
「すず姉観察日記」と表紙に書かれたノートの隣に、8月20日付の新聞が展示されている。民家での爆発事故の記事だ。
このノートは爆発によって一部が欠けたらしい。それでいてよくこれだけ綺麗な状態で残っているなと思う。
ノートの実物はショーケースの中にあるが、内容はショーケースの外の書見台のような装置に投影されていて、閲覧者が手をかざすことで自由にページを進めたり戻ったりして読むことができるようになっている。
『この小瓶、2類なのに安全機構のない違法魔道具じゃない! 信じられないわ!』
強い口調の念話が聞こえる。自分の左肩に目を向けると、妖精の姿を模した彼女が書見台を睨みつけていた。
これだけの憤りを感じながらも、展示室では静かにするように言い含めたことを忘れていないようだ。
(魔道具法の制定前の話だからそもそも違法という概念がなかったんだよ、ベル)
念じた言葉を受け取った彼女、ベルはこちらをキッと見上げた。
『でも、こんなに危ないものを小学生が使っていいわけがないわよ! この小瓶で発生する粘性魔物体は、一定以上大きくなると捕食性と起爆性を獲得するのに!』
(だから今は第2類魔道具に分類されていて安全機構が必須になっているんだって)
あの「感情の小瓶」と同系統の魔道具は、今も存在するしそれなりによく使われている。
ノートに記録された最終日が8月19日だったから、次の日に小瓶を使ったときに感情生成者である「すず姉」が「怒り」によって生まれた粘性魔物体に呑み込まれて爆発が起きたと思われる。今ある魔道具でも安全機構を取り払うと同じことが起こる。
文字通り「感情に飲み込まれて爆発する」なんて、このノートを書いた子は考えなかったのだろう。使用上限を超えないよう取扱説明書に記載があるとはいえ、魔道具が一般的とは言い難かった当時ではその危険性を適切に認識できていたとは到底思えない。この展示室にある他の魔道具事故にしたってそうだ。
こういった経緯があるから、魔道具法では第1類から第5類の分類に応じて安全機構の有無や内容が定められている。そしてぼくらの職についても同じく魔道具法に定められている。
いまだにムッと膨れたままのベルの頬を指先で軽くつつく。
(ベル、魔道具の危険性をちゃんと判断できるようになってきたね)
『あったりまえよ! だってあたしは栄えある魔道具調査官補佐だもの。そんじょそこらの魔生物とは違うのよ!』
褒められたのが嬉しかったらしい。さっきまでの憤慨はどこへやら、顔をパアッと明るくさせてベルは胸を張って言った。
相変わらず表情がコロコロと変わって面白い。
面白くて、優秀な相棒だ。
(頼りにしているよ、ぼくの補佐殿)
『まっかせなさい! あたしの調査官さん!』
強く前向きな念話がぼくの意識に心地良く響き、頬を緩ませた。
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