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失くした幸せ
その美しい人はこの国を治めている、竜王陛下だということをお父様の説明で、どこか他人事のように理解した。
それよりも、べったりとその竜王陛下らしい人にくっついている姉の方が心配だった。
姉はそれこそ──ようやく見つけた宝物のように、大事そうに、失くすのを恐れるように抱きついていたのを覚えている。
そして、貧乏男爵家だったはずの私の家は、姉が『竜王陛下の番』だとわかったことで、高位貴族に取り立てられ──それだけではなく、番の家族として王城に迎え入れられることになったのだった。
豪華な食事にふかふかのベッド。侍女までついたのは、本当なら喜ぶべきことなのだろう。
私は、竜王陛下の番の家族ではあるけれど、番そのものではないのだから。
でも。
前の方がずっとよかった、なんて我が儘なことを未だに思う。
寒いねって言いながら、姉と潜り込んだ薄い布団も、固ーいなんて文句をいいながら食べた、お母様が焼いたパンも。またお姉さまのお下がりなの、と頬を膨らませながら着た、たくさんのドレスも。
そこには、たくさんの幸せがつまっていたから。
◇ ◇ ◇
そうして、姉が、スカーレット様が、竜王陛下の番になり、私は『妹様』になった。
名無しの脇役の出来上がりだ。
お父様とお母様でさえ、私のことを妹と呼ぶようになった。お前は、スカーレット様──番である姉を呼び捨てるなんて出来ないといつのまにか様付けをしていた──の妹なのだから、が口癖だ。
どうして。どうして、誰も私をみてくれないの。
誰も彼も私を通して、竜王陛下の番である、姉を見ていた。
気を引きたくて、悪戯をしても怒られるだけで、少しも意味なんてなかった。
かといって誉められようと、淑女レッスンを頑張ってみても、流石は番の妹様と、私への賛辞は、姉への賛辞にいつのまにかすり変わってしまっていた。
誰か──誰でもいいから。わたしを、愛して。この手を、握って。
◇ ◇ ◇
「妹様、聞いていらっしゃいますか!?」
ようやく、番語りが終わり暇になったらしいダヴィに、微笑む。
「ええ、もちろん」
全く聞いていないわ。続く言葉は飲み込んだ。
「そうですか。とにかく、結婚式まであと少しですから、妹様もしっかりなさってくださいね」
ダヴィは、もうすぐスカーレット様と竜王陛下の散策の時間ですので、私は見学に行ってきますね、と退出した。
「私は一生妹様、なのかしら……」
呟いた言葉は、静まり返った部屋に、ゆっくりと溶けた。
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