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二、蓬生の香見世
小春は目の当たりにした情事にひどく動揺していた。
ここは、そういう町なのだろうか。だとしたら、早く立ち去りたい。
風呂敷包みを両腕に抱き、廃寺から逃げるように歩いてきた小春。いつのまにか、道の景色は変わっていた。
狭い道幅ではあったが、町家が軒を連ねている。そのため、先ほどまで見かけなかった人の姿が、ちらほら見受けられるようになっていた。
近くに寺も多いことから、この辺りは門前町なのだろう。界隈は武家屋敷に寺社、そして町家が入り混じっている。この難読な地を彷徨う小春にとって、町家の佇まいには安堵するものがあった。
小春は何かに気づいて歩みを緩めた。
大きな松の木がそびえ立つ店の前に、大勢の娘たちが集まっている。
皆、店の中を覗いているようであり、その目は好奇に満ち溢れた乙女のように瑞々しく輝いていた。
(何を見てるんだろう)
この一帯、ほのかに香りが立ち込めていることに気づく。幽玄とも言えるような、先ほどとは違う穏やかな香の装いは、騒ぎ立てた小春の心を鎮めてくれるものであった。
小春はその店の前までやってくると、ついに足を止めた。
店は旅籠屋のような二階建ての構え。屋根は瓦葺きであり、店脇に立つ松は立派な黒松である。
二階の軒下には簾が垂れ下がっており、庇にかかる屋根看板には<こうのや>と書いてあった。
(こうのや?)
いったい何の店であろうか。
間口は広いが、出入り口は六尺ほどと狭く、暖簾の類は見当たらない。
表は出格子のみの閉鎖的な壁。娘たちが集まっているのは店の外であり、中に客人は見当たらず、閑散としていた。
ここは、まことに店か。江戸の町家といえば、通りに面する間口を全て開放し、土間を設けて客をもてなす姿があるものだが、店主がいる様子もなく、妙な造りである。
そんなことを思いながら、小春は娘たちの群れの後ろにつくと、同じように中を覗き込んだ。
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