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【第二章】(二)濃紫の背 参
三、
「伽羅さんじゃないですか!」
静かなこうのやの帳場に、衛門の大きな声が響いた。
「いったいどこへ行ってたんですか! 探したんですよ!」
けたたましく騒ぐ衛門の様を見て、小春は唖然とした。
(まさかこの人、行き先も言わずにうちに居たというの?)
小春は伽羅の背に視線を送った。しかし伽羅は答えず、こうのやの出入り口前で躊躇っている小春を呼びつけた。
「どうした。中に入れ」
「っ……、はい」
小春はおそるおそる中に足を踏み入れる。小春の顔を見た衛門は、ふたたび驚きの声を上げていた。
「貸本屋さんだ! えっ、どうして一緒なんですか?」
衛門は伽羅を仰ぎ見て答えを求めている。しかしやはり伽羅は答えなかった。
「わけがわかりません。いったいどうして。貸本屋さん、伽羅さんとどこで会ったんですか? いつから一緒だったんですか?」
「それは、その……」
答えに困っていると、店の奥から蓬生が姿を見せた。
騒がしい様子が気になったのだろう。蓬生は小春を見つけると、驚いた様子でその姿を見つめていた。
「もしかして。伽羅さん、貸本屋さんを捕まえに行っていたんですか?」
「この貸本屋は、しばらくここで預かる」
「えっ?」
衛門より早く、小春が声を上げた。
「伽羅さん、私はあなたにお話が——」
「衛門。俺の向かいの部屋に案内してやれ」
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