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***
——「ここで何をしている」
静寂を破り、冷めた声が部屋に響いた。
見つかる前に立ち去るつもりだったがどうやら叶わなかった——。そんなことを思いながら小春は振り返る。
薄暗い部屋の開け放たれた襖の前に立っていたのは、黒の着物を着流した長身の男。目元にかかるこげ茶の前髪。憮然とした面ながらも、こちらを見据える琥珀色の双眸は精悍で美しく、身がすくむほどの気高さを放っている。
右手を懐に入れているせいで着物の襟は大きく開き、その間から覗かせる逞しい肉質の肌が男らしい色を見せつけた。
そして、男を彩る微かな香り。小春はそれに覚えがあった。
姿も形も見えないというのに、瞬くたびに眼裏でゆらぐその香りは、眩みを覚えるほどの風雅があり、奥深く、感覚が研ぎ澄まされるものだった。
この心地は間違いなく、昨にこの店で出会った香の男と同じであり、そして月影の中に消えていった、笠を被った着流しの男の残り香である。
(あの人だ……)
抱いていた疑惑が確信へと変わっていく。
小春がこの部屋にいるのは、それを確かめるためであった。
だが男は、己の部屋に勝手に入り込んでいる女がいるというのに、動揺の節はなく、正体を疑おうともしていなかった。
つまり、男も自分を覚えているのだ。
「何をしているのかと聞いている」
二度目の問いかけにも小春は答えず、沈黙だけが流れていく。
すると男が踏み出してきた。
このままでは敵わない。そう思った小春は、男の足を止めるべく、今しがた部屋から見つけ出した書物を取り出し、男の前に突きつけた。
「こ、これは昨晩、私の店から盗まれたものです。どうしてあなたが持っているのですか?」
群青色の表紙に<柴舟>と書かれた四つ目綴じの書。それは、小春の行方知れずの父・儒楽の書物であり、昨晩笠を被った着流しの男が盗んでいったものであった。
小春はそれをこの部屋から見つけていた。それだけではない、男の笠や脇差も出てきている。男が付けていた装飾品の指輪は小春が握り締めたままであり、言い逃れの出来ない状況、勝算は小春にあった。
「何のことだ」
「えっ?」
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