【序章】(一)麝香の誘い

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 (あの人、私が見てるとに気づいているのに……なんていやらしい!)  途端に目が覚め、小春は逃げるようにその場を離れた。  男はそれに気づいた。  立ち去っていく珊瑚色の小袖の娘を見つめながら、今度は男が、酔いから覚めたかのように女の体を引き剥がす。  突然途切れた快楽の時に、女は男の顔を見上げて問いかけた。 「……麝香(じゃこう)様、どうなさったのですか?」 「うん……」  今の娘、妙に気になる。  そう思いながら、なんとか視線を戻した麝香は、女の肌に舞っている赤い花びらを見てくすりと笑った。 「あ、綺麗に咲いたね」 「えっ?」 「欲しかったんだろ? 赤い花びら」  そう言いながら、麝香は、女の肌のあちこちに散る赤い痕を親指で掠めた。 「あっ……そんなふうに触れないで下さい」 「こんなに赤くなっていたら、しばらく誰にも見せられないね」そう言われ、女は慌てて着物の襟を掻き合わせる。 「じゃあね、名も知らない君——」 「もう、行ってしまわれるのですか?」  麝香は靡く髪を耳にかけながら微笑む。 「花は咲いたら、終わりだよ」  麝香は女を残し、立ち去る。  その背に女の視線を感じたが、興味はあの娘に向いていた。  見たことのない顔。頬を紅潮させる様は初々しい。  触れてもいないのに、どうやら心が惹きつけられている。  いったいどこの娘だろうか——。 ————  通りへ出てきた麝香であったが、見つけた娘はもう遠のいていた。  娘の歩く道は、こうのやへと続いている。そこは香りを纏う男たちが住まう場であり、己が身を置いているまほろばであった。 (へえ、町へ行くのか)  かすかな期待に、自然と笑みがこぼれていく。  麝香は、娘の足跡を辿ることにした。
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