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しばらく咲はすんすんと鼻を鳴らして泣いていたが、俺のアイスコーヒーが空になる頃には落ち着いた。腕時計をチラリと見ると、針は午後4時を指している。そろそろ戻らなければ。
「あの、俺そろそろ」
「ああ、そうよね。ごめんなさい」
俯きつつ投げやりに言う咲。
じゃあ、と頭を軽く下げて立ち去ろうとした時。
「待って」
ぱっと椅子から立ち上がり、俺の袖を掴む。鞄の中から、クマのポシェットを取り出した。
「これ、もし棺に入れられるなら入れて。無理なら良いんだけど」
ぐい、と俺の胸元にそれを押し付けた。
「でもこれ、大事なものじゃないんですか?」
「いいの。思い出だけ抱えてたって仕方がないわ」
掠れた声で言う。俯いたままの彼女が、どんな顔をしているのかわからない。
「……わかりました」
俺はポシェットを鞄の中に入れ、もう一度軽く頭を下げて店の出口へと向かった。
店を出る時にふと振り返って彼女を見ると、椅子に座り、空っぽのグラスをぼんやりと見つめていた。
本当の父親じゃない、なんて教えるべきじゃなかったかもしれない。少し心が痛んだが、今は時間がない。
小走りで火葬場まで向かった。
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