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 緩和ケア病棟、というのだろうか。俺がいつも行くような病院とは少し、雰囲気が違っていた。  悲壮感が漂っているわけではない。むしろ温かい雰囲気に包まれていた。 「入るよ、母さん」  咲に続いて病室に入る。咲は4人部屋の窓際のベッドへと歩き、カーテンをそっと開けた。 「あら、早かったのね」  落ち着いた女性の声が答える。 「昨日話した、要一さんの息子の修司さん」  そう言って俺を手招きする。俺もカーテンの影から顔を出した。  点滴のつながった細い腕が目に入る。咲によく似た整った顔立ちの女性が、微笑んで俺を待っていた。 「はじめまして」  俺はぺこりと頭を下げる。 「はじめまして、修司さん…この度はお悔やみ申し上げます」  早苗さんも深々と頭を下げた。  恐縮です、と言った後、俺は咲の方を振り返る。 「申し訳ないけど、早苗さんと二人で話してもいいですか」 「私の悪口でも言うのかしら?やーね」  けらけらと軽い調子で言う。病に臥せった母親の前では、少しでも明るく振る舞おうとしているのだろう。 「1階のカフェにいるから、終わったら呼んで」  ひらひらと手を振って病室を出て行く咲を見送り、俺は早苗さんに向き合った。  何から話そうか、と逡巡する俺を前に、口を開いたのは早苗さんの方だった。 「あの子の父親のことでしょう?」  俺はこくりと頷いた。 「あなたのご両親が亡くなった事故のニュースを見た後に、咲が大阪に行ったって言うから。それであなたが来ることになったのなら、その話しかないでしょう?」 「仰る通りです」  座って、と促され、ベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろす。  拳をぎゅっと膝の上で握りしめ、俺は口を開いた。 「咲さんの父親は、俺の父……要一ではなく、本田大和という男ではありませんか?」  ふっと諦めにも似た微笑みを浮かべた早苗さんは、静かに頷いた。  本田大和。父と二人で写真に映っていた、瞳の色の薄い男。  あの写真を見つけた後、俺は父の会社に連絡した。父と親しかった社員に写真を見せ、この男は誰かと尋ねた。 「ああ、本田だね。本田大和。20年以上前に逮捕されて、今どうしてるんだか知らないけど」  その社員はそう教えてくれた。
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