19人が本棚に入れています
本棚に追加
5
緩和ケア病棟、というのだろうか。俺がいつも行くような病院とは少し、雰囲気が違っていた。
悲壮感が漂っているわけではない。むしろ温かい雰囲気に包まれていた。
「入るよ、母さん」
咲に続いて病室に入る。咲は4人部屋の窓際のベッドへと歩き、カーテンをそっと開けた。
「あら、早かったのね」
落ち着いた女性の声が答える。
「昨日話した、要一さんの息子の修司さん」
そう言って俺を手招きする。俺もカーテンの影から顔を出した。
点滴のつながった細い腕が目に入る。咲によく似た整った顔立ちの女性が、微笑んで俺を待っていた。
「はじめまして」
俺はぺこりと頭を下げる。
「はじめまして、修司さん…この度はお悔やみ申し上げます」
早苗さんも深々と頭を下げた。
恐縮です、と言った後、俺は咲の方を振り返る。
「申し訳ないけど、早苗さんと二人で話してもいいですか」
「私の悪口でも言うのかしら?やーね」
けらけらと軽い調子で言う。病に臥せった母親の前では、少しでも明るく振る舞おうとしているのだろう。
「1階のカフェにいるから、終わったら呼んで」
ひらひらと手を振って病室を出て行く咲を見送り、俺は早苗さんに向き合った。
何から話そうか、と逡巡する俺を前に、口を開いたのは早苗さんの方だった。
「あの子の父親のことでしょう?」
俺はこくりと頷いた。
「あなたのご両親が亡くなった事故のニュースを見た後に、咲が大阪に行ったって言うから。それであなたが来ることになったのなら、その話しかないでしょう?」
「仰る通りです」
座って、と促され、ベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろす。
拳をぎゅっと膝の上で握りしめ、俺は口を開いた。
「咲さんの父親は、俺の父……要一ではなく、本田大和という男ではありませんか?」
ふっと諦めにも似た微笑みを浮かべた早苗さんは、静かに頷いた。
本田大和。父と二人で写真に映っていた、瞳の色の薄い男。
あの写真を見つけた後、俺は父の会社に連絡した。父と親しかった社員に写真を見せ、この男は誰かと尋ねた。
「ああ、本田だね。本田大和。20年以上前に逮捕されて、今どうしてるんだか知らないけど」
その社員はそう教えてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!