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6
カフェでスマホを見ている咲の元へ歩く。彼女の前の椅子に座ると、咲は顔を上げた。
「話は終わったの?」
「うん、次は咲さんと話したくて」
俺は琥珀色の咲の瞳をじっと見た。
「前に君のお父さんは俺の父ではないって言ったけれど、あれは間違いだったんです」
「え?」
咲が目を丸くして口をぽかんと開ける。
「血液型、祖父に聞いたら父はAOだったんです。だからやっぱり、咲さんは父の子でした」
これは、真っ赤な嘘だ。
本当の父が暴力事件で服役していたなんて、彼女には知らせたくない。俺のわがままだったが、早苗さんも同じ思いだったらしい。やはり要一を父親だということにしよう、という俺の提案に同意してくれた。
本田は、早苗が自分の子供を身篭っていたことすら知らない。出所していても、父親だと名乗り出ることはないだろう。
咲の顔が、怒りとも困惑とも取れない表情になる。
「ごめんなさい、大して確認もせずにあんなことを言ってしまって。それを確かめるために、早苗さんと話していました」
「……結局、あんたの父親がサイテーだったんじゃないの」
父には泥を被ってもらうことにした。彼女が傷つかないように。
「そうですね……うちの父が、すみません」
「なによバカ。あんたに謝られても困るわよ」
ぐす、と鼻を鳴らす。気の強い性格なのに、涙もろいようだ。
「それで、これ」
俺はテーブルの上に『それ』を置いた。
「やっぱり、大事な物だと思うから。父があなたにあげた物だし、あなたが持っておくべきだと思って」
黙ったまま、咲はテーブルに置かれたピンクのポシェットを手に取る。
「焼いてもらうことはできなかったのね」
「俺の独断でやめました。殴るなら俺を殴ってください」
ふっと咲は笑う。笑い方は早苗によく似ていた。
「殴らないわよ」
ポシェットをそっと撫でた後、小さな声でありがとう、と呟いた。
「どういたしまして、姉さん」
咲ははっとした顔で俺を見た後、怒っているような泣いているような顔で笑ってみせた。
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