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前方に線路と踏み切りが見える。ちょうど遮断機が下りるところで、彼はようやく立ち止まる。落ち着かなげに足踏みを続けている。
踏み切りの警報機がカンカンと耳障りな音をたてながら、明滅している。
「ほら、遮断機が下りちまった。なんでもっと速く走らないんだよ」
卵を割らないように小走りに追いつくと、彼は吐き捨てるようにいう。それが終わると、あたしが何か言おうとしているのも構わず、またスマホの画面を見つめる。彼の顔に、スマホのゲーム画面の鮮やかな色彩が反射して浮かぶ。表情もわからない。
ねぇ。
ねぇ、そのゲームってそんなに面白いの? あたしのことなんてどうでもいいくらい、面白いの?
ねぇ。
ねぇ、なんであたしの顔を見ないの? あたしのことが嫌いなの? 嫌いなら、なんで別れようとも言わないの?
最後に、キスをしたのはいつ? あたしのことを好きだと言ってくれたのはいつ? もう思いだせないんだけど。いつなのかしら?
何のために、あなた、何のために、同棲しようなんて言ったの?
てっきり、あたしはあなたが、あたしと結婚するつもりなんだって思ってた。嬉しかったのよ。必要とされているって思ったから。でも今は、毎日毎日、心がすり減っていくだけ。
明滅は赤く暗く、あたしと彼を照らしている。
警報機が鳴っている。ビニールが食い込む指の痛みは、耐えきれないほどになる。
あたしは持っていた袋を地面に放り投げた。卵が乾いた音をたてて潰れた。彼が顔を上げる。やっと、あたしを見る。
短い警笛が聞こえて、古ぼけた電車のライトが線路を照らしながら近づいてきた。
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