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農民の一人が、屋敷から逃げようとする男を追い詰めた。後にこの領地を治める跡取り息子であることは豪華な着物を見ればわかることだった。その農民は餓死した自分の息子が生きていればほぼ同い年ぐらいであると気が付き、思わずに鍬を握る手にも力が入る。
すると、綺麗な着物を纏った女が割り込み、男に覆い被さった。勿論、男の母親で、領主の妻である。
「おやめくださいませ! この子はまだ若いではございませぬか! 人を殺せば腐れ外道にもなりましょう!」
その言葉に農民は激昂した。それから領主の妻を足蹴にし、男から離れさせ、容赦なく鍬を男に振り下ろした。自らの子が断末魔の悲鳴を上げながら絶命するする姿を見せつけれた彼女は発狂し、叫んだ。農民はその胸ぐらを掴み、自分の顔に寄せ付ける。
「いいべか!? オラの子供は食べるものも無くて飢えて死んだべさ! 死ぬ前の日まで腹減った腹減ったって泣いてた! お前らが無茶な年貢さえ要求しなければ子供は死ななくて済んだんだ! オラの気持ちを知れ! これが自分の子供が亡くなった時の気持ちだべ!」
「そんなの知らないッ! 人を手に掛けるとは何たる外道か! この腐れ外道が! 末代まで呪い殺してやるわ!」
「ハァン? たった今、跡取りを殺ったからお前で末代だべ! お前もすぐに後を追わせてやるべよ! 自分の子供の死体を埋める悲しみを味わせられないのが残念だべさ!」
農民はそのまま無慈悲に領主の妻の頭に向かって鍬を振り下ろした。罪の意識は一切ない、それほどまでに領主に対する恨みは深い。
領主の館は今や屍山血河舞台。中庭の池は血の池地獄、青々とした松の木は血に染まり赤松へと変貌していくのであった…… 鍬で頭を打たれた者、鋤で腹を突かれた者、鎌で首を切られるか頭に突き立てられた者、竹槍で体を突かれ竹輪より血が吹き出た者…… ここにあったのは修羅界の戦場の跡であった。餓鬼界の餓鬼も同然に飢える暮らしを強いられた農民達の怒りが爆発した故に生まれた地獄絵図である。
一部始終を震える体で眺めていた僧侶は手を合わせ念仏を唱え、せめてもの慰みのために念仏を唱えようとするが、獅子奮迅の働きで何人もの侍を仕留めてきた村長に止められてしまう。
「こいつらに念仏唱えて極楽浄土に行かせようなんて許さねぇ! こいつらはオラ達と一緒に地獄行きだ!」
「し、しかし…… 死は罪を清め許されるもので」
「いんや! 領主のせいで何人もウチの村人が死んでるんだ! 死んでも許されねえ!」
そこまで怒りは深いと言うのか。死者を許すという考えがない程の怒りの波に逆らえばこちらにその刃が飛んでくるかもしれない。念仏を唱えずに手を合わせるのみに留めておいた。
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