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「くっ…… 我が悪かった…… 先代の領主と同じように五公五民の五分五分に戻してやるから我の命を助けてはくれぬか…… 今回の罪も帳消しにしてやる」
自分が助かりたいだけの惨めな生の懇願に農民達の怒りは爆発した。
この交渉に乗ったところで守る人間ではないのが一揆参加者全員がよく知っている。与える慈悲はない。
「そ、そうだ! 死ぬ前に妻と息子に会わせてくれ! それだけが心残りだ!」
領主の妻と息子を手に掛けた農民が首を横に振った。そして無慈悲な一言を叩きつける。
「心配は不要ぇべさ。あの世の入り口で会うといいべ。生まれ変わった後に一緒になれるかは閻魔様のご機嫌次第だべ」
「お、お主ら…… 妻と子を殺りおったのか! この腐れ外道共が!」
腐れ外道に腐れ外道とは言われなくない。こちらとて七公三民の政策で妻や子を亡くした子もいる。それを陳情したのに「知らぬ」と返したのはどこのどいつだ! 皆の怒りが爆発し、怒りの鉄槌(農具)が領主に一斉に下された。
領主が絶命したところで、首を刎ね、鍬の先端にその御首を付けて持ち上げる。
えいえいおーと皆が叫び、勝鬨を上げ、村へと凱旋するのであった……
この壮絶かつ苛烈を極めた怒りの一揆であるが、一切記録は残っていない。領主の館に残るは領主始め、家族や家臣の死体のみ、一揆を決行した農民達は幕府の追求が妻や子に及ばぬように自刃、村も事情を一切知らない妻や子を残すのみ。いや、女達に関しては貝のように口を閉じていると言った方がいいだろう。
米蔵の米は幕府の判断で腐らせるよりはとして、近隣の村人に平等に分けられ、来年の実りの秋まで命を繋ぐ礎となるのであった。
この怒りの一揆は、領主の屋敷にて一部始終を見ていた僧侶が遥か離れた地で時代遅れの琵琶の演奏で唄われることでしか伝わっていない。気まぐれに演奏を聴いた者も「こんな一揆があるわけがない」として誰一人信じることはなかった。
僧侶はこのように全国を渡り歩いているのだが…… 全国各地、飢饉で似たような状態であった。それにも関わらず、各地の領主は大きな屋敷で贅沢三昧。
いずれ、この国を彼らと同じ怒りを持った者達の炎が包み込むだろう。
僧侶はそんなことを思いながら撥を弾き、怒りを伝えていくのあった……
おわり
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