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「なにか、夫婦喧嘩というか、諍いのようなものはありませんでしたか? つまり……おとといの晩です……お二人の間に」
茶をすすりながら能天気に訊ねる山下巡査を見つめながら、オレは激しく後悔した。やはり県警に連絡すればよかった。交番勤務のおまわりなどに相談したのが間違いだったのだ。
しかし日頃から美紀が懇意にしていたし、オレも出勤途中にいつも笑顔で「スブル・バユイラル」と手を振ってくれる山下さんに親しみを覚えていた。それで真っ先に連絡を入れたのだが、人がいいことと、能力があることはまったく別のことなのだ。残念ながら。
妻が行方不明になったと訴えているのに、真剣に聞く素振りがまったく感じられない。
「美紀さんのことだから、ふらっと二、三日一人になりたくなったんじゃないですか。捜索願いを出すのは、もう一日待ってみましょうよ」
無能な巡査は、人のうちの急須から空になった湯飲み茶碗に勝手に緑茶を注いだ。
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