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 久しぶりに冴子のこんな凄まじい顔を見た。十五年前、美紀との結婚の承諾を得るため牧原家を訪れた時、口数の少ないお義父さんお義母さんに代わってオレに噛み付いてきたのが義姉だった。 ――定職もないのに、どうやって妹を食べさせていくつもり! ――妹のお金を当てにしてるんじゃないでしょうね。 ――結婚の本当の目的は、日本国籍を取得することじゃないの?  オレは事前に美紀に言われた通り、沈黙したままそれらの言葉を受け流した。しかし、実際のところはらわたは煮えくり返っていた。  ごめんね、と牧原家を出た途端、美紀は言った。お姉ちゃん、本当は悪い人じゃないのよ。家族思いなだけなの。  美紀は、憮然として早足で進むオレを小走りに追いながら泣きそうな顔で言った。オレは冴子を一生許さないと、その時誓った。  だが、今ではその怒りも消えうせている。義姉のあの言葉があったからこそ、その後のオレはなにくそと発奮し、事業を立ち上げる勇気を持てたのだ。あの言葉がなかったら、今頃オレは、それこそ美紀のヒモのような生活を送っていたかもしれない。実際、あの頃のオレは、面罵されても仕方ないほど安易で怠惰な生活に浸っていたのだ。 「聞いてるの、バハルさん!」  義姉の怒鳴り声に、オレは現実に引き戻された。目の前に、十五年前と同じ、憤然たる怒り顔があった。
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