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 オレはもう少しで声を荒げるところだった。「美紀さんのことだから」だと! お前に美紀の何が分かるんだ。あいつは今まで一日だってオレに黙って家を空けたことなんかないんだ。  そりゃ、何日か実家に戻ったり、友達と旅行に出かけたことはあった。しかし、それらは全てオレが了解していたことだ。今度のように何の連絡もなく二日も家を空けるなど、かつてなかったことなのだ。事件性を考えるのが当然じゃないか。なのに、この男は、夫婦間のトラブルについてばかり訊きたがる。 「どんな小さなことでもいいです。美紀さんが家を飛びだしたくなるような、そんな行き違いはありませんでしたか?」  事件性なしと最初から決め付けてやがる。オレはいらいらして叫んだ。 「おととい晩、トラブルのそのこと、ぜんぜんなかた。けんかもないね。美紀が今、実家もない。友たちのとこもないよ。おかしいね。ぜったい、おかしいね」  まったく嫌になる。日本語を口にした途端、自分が幼稚園児になったようなみじめな気分に襲われるのだ。頭の中で思考を巡らし、理路整然と話し始めたつもりでも、途中から適切な表現が出てこなくなり、結局、力まかせの単純なワードの羅列と連呼で終わる。  巡査がオレの話を緊迫感を持って真剣に受け止めないのも、この日本語能力のせいかもしれないな、と思った。
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