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「バハルさんはね、さっきから、この子は美紀じゃない、って言い張ってるの」
二人は、はあ、と息を漏らして不思議そうにオレを眺めた。
「だから、二人の考えを率直にバハルさんに聞かせてあげて」
聞くまでもなかった。二人の狂人を見るようなオレへの視線によって、その考えは明らかだった。山根は、美紀社長に間違いありません、と強い調子で言い、釜本に至っては、
「ご主人。黙って家を出た美紀さんを許せない気持ちは分かりますけど、もうそれくらいにしといた方がいいですよ」
とまでぬかしやがった。
畜生。このままじゃ、誰もオレの言うことを真剣に聞いちゃくれない。
どうしたらいいんだ。どうすれば真相を明らかにできるんだ。
それとも、真相究明など諦め、みんなが言うようにこのまま女を美紀として受け入れて、何事もなかったように生活していけばいいのだろうか。この状況では、真実を語れば語るほど孤立してしまう。
昔見た映画にこんな話があった。ある村で汚染された井戸の水を飲んだ村人たちが全員頭がおかしくなり、真実と逆のことを言い始めた。
その中で、たった一人だけ井戸水を飲まず正気を保った男がいた。真実を述べる男は村人たちから狂人扱いされ、村八分にされた。男は悩み、苦しんだ挙句、最後は自らも井戸水に口をつけたのだった。
俺も、井戸水を飲まなければならないのだろうか――。頭が混乱し、錯綜している自分に気がついた。
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