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その時、啜り上げる声が聞こえた。見ると美紀が……いや、美紀をかたる女が、目に涙を一杯に溜め、こちらを見つめていた。
「私は……こんな人と……15年間も夫婦生活を送ってきたのよ」
訴えるように山根と釜本を見た。女は溢れ出る涙が頬に滴り落ちるのもかまわず続けた。
「同じ階に住む男性とお話ししているだけで、浮気しているんじゃないかと疑われて……何時間も責められて……。私が認めるまで許してくれないの」
そう言った後、彼女は身体を震わせて嗚咽した。釜本と山根は、同情を寄せるように女に視線を送っている。
その瞬間、オレは雷に打たれたように飛び上がった。井戸水を飲まずに済む方法を閃いたのだ。
「そうだ。柿沼だ!」
「なに?」
オレの大声に反応するように冴子が聞いた。
「508号室に住んでるの男ですよ。柿沼浩次。あいつだたら、この女が美紀じゃないのこと証明できる」
そうだ。どうして気付かなかったんだろう。美紀の浮気相手、柿沼浩次。
オレ同様、美紀の全てを……その身体の隅々まで知り尽くしているあの男なら、こいつが美紀でないことくらい容易に分かるはずだ。自らの腕に抱いた女を間違えるはずがない。
オレは興奮して、女に向かって人差し指を突きたてた。
「待てろよ。今、化けの皮をはがれてやるからな!」
ダッシュで玄関へ向かい、靴も履かずにドアを開けて外へ飛び出した。その瞬間、ドアが閉まる寸前の室内から、
「例のものは?」
という微かな女の声がするのを背後に聞いた。その声には、ただならぬ響きがあった。
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