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「何いてる! わたしやってない、わたし美紀がなぐていない!」  美紀はオレを悲しそうな目で見つめ、考え込むように首を傾げてから巡査に向き直った。 「いえ、それには及びません。この二日間で夫も反省していると思いますし、いつもこんな暴力を振るうわけではありません。本当はとても優しい人なんです。今回の件は、姉も交えて家族で話し合って解決したいと思います」 「……そうですか」  巡査の声には、心なしか失望の響きがあった。  オレは、美紀の話し声を聞きながら、違和感を覚えていた。明らかに何かが違う。いつもの美紀ではないのだ。彼女が第一声を発した時から、いや、正確には、彼女がトンボメガネを外した時から、なにかがおかしいと感じていたのだが、興奮状態で冷静な判断力を失っていた。    だが、今は、冷静に断じることができる。十五年間連れ添って彼女の全てを知っているオレだからこそ感じ取ることができる違和感――。  オレは、顔の腫れ上がった女の鼻先まで顔を近づけると、まじまじとその顔を凝視した。思った通りだ。オレは決定的事実を巡査に告げた。 「おまわりさん。この女……美紀ちゃありません」  巡査は、ポカンと口を開いてオレを見返した。 「なんですって?」  その瞬間、冴子が甲高い声でケラケラと笑った。 「なに馬鹿なこといってるの、バハルさん」
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