ファントム・ロード

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

ファントム・ロード

ナマムギには有力な確証があった。陰謀論を裏付ける添付ファイルが届いた。ぼやかしてはいるが明らかに暴露小説だ。 そこで配信中にシークレットチャットで本人に接触した。 すぐ現場近くのネットカフェで落ち合う事にした。 「俺が書いたんです。カンフーの現場が知りたいって。いろいろ検索してたら、掘り当ててしまった。そうしたら怖くて…今まで黙ってました。こんな馬鹿なこと、俺に言わせれば、本当に頭おかしいですよ。 『異世界転生テイク2、出戻ったらヤクザに転生しました。向こうで学んだ魔法、チート全部入りで代紋を取ります』。 なろうに投稿して出オチでBAN食らったんですけどね。魚拓はでまわっているみたいです。どうしようもならないじゃないですか。本当にどうしようもない。もういいんです、もうここまで来て、あとは警察に任せても」 男は手を引こうととしたがナマムギが引き留めた。 「悪事を暴く人が追及の手を緩めちゃだめよ。読者もついてる」 「俺の作品を愛読している奴は多いですけど、そういう奴は全員、何を書いたのか、どこが見たかって言い出さない方が危険だってわかってますし。俺もあるんですよ、たまたま、俺っていうのは。俺だって何が面白いのかわからない。俺ってなんだろう、って思うこともあった。でもこれってどうなんです。俺のプロフィールを読んで、俺だよって言ってくれた奴は一人もいないじゃないですか。俺だってやってんだ、って、認めて、認めてくれるっていうことですよ。俺だってやってるんです。ずっと、ずっと、見てきたんです。異世界転生じゃない、俺の人生です。」 彼はパニックのあまり自分を見失っていた。 「大丈夫よ。私がついている」 「でも俺、プロフィールにいろいろ書いてるんですね。プロファイリングする暇人っているでしょう。俺だってそうですけど、人物像に興味がわく。俺だって同類ですけどね。その筋にはプロの特定班っていると思います。そういう奴に粘着されたら命が危ない」 「どこかの出版社に持ち込めば協力を得られるかも」 「そりゃ、俺、自分をプロに見せるなんて発想ありません。そもそも俺のロードマップにプロなんて言葉は存在しないんです」 「継続は力なりよ。発信しているうちに少しずつ振り向いてくれる」 ナマムギはコートをはだけた。下はショーツがぎりぎり隠れる丈だ。 「そうなんですよねぇ。わかりました。じゃあ、これから俺、アーティストになってまたライブやってもらうことにしますので、よろしくお願いしますね」 ナマムギはいくばくかの謝礼を渡そうとした。 「でも、そんなことをして大丈夫なんですか?お金って」 そんな心配を見抜いて、彼は茶封筒を突っ返した。 「大丈夫です。俺、こう見えても、プロにプロフ書いてもらってんので」 と言って、男はナマムギの手をとった。 熱くはないが、ひんやりして、少しだけ温かかった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!