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カンフー商会跡地に到着した。ただっぴろい更地の一角が照らされている。
「ここ、人がいる。」
マフィアが顎をしゃくるとあちこちで人影がうごめいた。
「237人が武装している」
「物騒ね。日本の銃刀法はどうなっているのかしら」
ナマムギが眉をひそめる。
それぞれに武装しているのは“警察”だ。
黒スーツを着こんで手には拳銃を持っている。
「どこの県警のつもりよ」
ありえない。ナマムギは失笑した。ガチムチな警官が多すぎる。
「なぜこんな芝居をする?」と、タンカーが言った。
まるで手品のように銃が消える。
この時点で“警視庁”風の男たちは武装していない。マフィアは「俺たちは“警察”を装ってこの場所で動いてるんだ」と、言い放った。
「手慣れているわね」、とナマムギが評した。
「どうしてそう思う?」と、タンカーは訊く。
「この場所の近くに“警視庁”なんて場所は無い」
グーグルマップの丸印が空しく点滅している。
ナマムギはマフィアたちのコスプレを見抜いていた。彼らが大掛かりな人手を動員している理由は一つしかない。儀式めいた何かを使ってでも遂げたい事。
直感的に状況判断すると召喚や交霊術のたぐいだ。ゲンちゃんというUMAが死んでいる。それが関係しているに違いない。
「白茶を飲んだのか!それにしても、こんなことが…!」
タンカーはマフィアに確認した。
「ああ、30分ほど前にな…」
「警察の出現に気づいた後に何があった?」
タンカーがマフィアに確認する。
「それは“警察”を装って動いた後だ。」
「何、それ? 何のために」
ナマムギは自説を補強する質問をした。
「これが警視庁というわけなんです。」と、マフィアは言った。
更地にモヤモヤしたホログラムが浮かんでいる。
「俺は“警察”を装って、この場所に来ました。」
マフィアは警視庁らしき輪郭を指さす。
「なるほど。」と言ってタンカーが“警視庁”に近づいた。
「待て、警視庁が“警察”を装ってくるとは限らない。」
マフィアが引き留める。
「どういうことですか」
「いや。」
彼は言葉を濁した。
「ではなんの説明ですか。」
「ここにいる警察に訊いても教えてくれないだろ。“警視庁”に連れて行く必要性があると思ったというだけだ。」
「ここに来たら俺はその警察のところに行きたいと思っていて、その理由を訊いた次第で。」
「その説明でじゅうぶんわかるだろう?」
「わかる物か。だいたい話が違う。カンフー商会を浄化する筈だったろう」
彼らは量子薬膳茶を用いて70年代に猖獗を極めた悪徳企業の罪業を祓い清める予定だった。それがゲンちゃんの鎮魂につながると考えた。
「どこが違うんだ。どのみちサツに詰められる運命だった。だからこうやって”警視庁”を地縛霊に突きつけている」
「それはだな、」と、言いながらタンカーはなにか言おうと口を開いた。
が、その前に、「お前こそ“警視庁”に出頭してこい。」と、タンカーは言った。
「それこそ、お前に相応しい答えだ。」
「どういう意味ですか?」
タンカーが食い下がる
「この件についてはもう説明は必要ない。」
「どうして?」
「“警視庁”に行けという、今お前が立っているところが、“警視庁”だ。」
マフィアはドン、と地面を踏み鳴らした。
「この場所の位置が?」と、タンカー。
「ああ、“警視庁”に行けば、この“警視庁”の中の広い世界が見える」
ナマムギは二人のやり取りから警視庁というのはマイナス宇宙だか、Cの世界だか、そういう超人力が充満した空間のことらしいと理解した。
言い争いはまだ続いている。
「…じゃあ、お前はどこまで行きたかったというんだ?」
「その質問は不要だ。」
「いや、必要だ。」と、タンカーは言った。
「“警視庁”のある場所まで行って、そこから深奥が垣間見えたら、そこにある情報の意味について”刑事”たちに教えてもらうようお前に頼んだ。」
「そこまで自分の眼で確かめにいけばいいだろう。彼女を嵌める理由はない」
「“警視庁”の中で、お前の言う“事件”が起きた。」
「“事件”があった?」
「そうだろう。だから、お前はここに来た。」
「ちょっと待ってくれ。筋が通らない。あんたのくれたファイル。ありゃガセなのか?」
マフィアは曖昧な笑みを浮かべる。
「やっぱりそうか!俺を嵌めたのか!彼女をここへ来させるために!」
するとマフィアが口を開いた。
「お前はさっきからブツブツ、自問自答しているが…何が訊きたいのだ?」
「俺は何も質問していない?」と、タンカーは尋ねた。
「……お前は“何も言えない”。」
「“何が”“起きたのか”“何が起こったか”を正確に俺に見せてくれ。」と、タンカー。
マフィアは憐れみに満ちた表情で言った。
「そうだな…考えてみろ。俺がどこを“歩いたか”。」
視線を警視庁に向ける。玄関までレッドカーペットが敷かれている。
「“歩いた先”?」
「ああ。」
「そこでなにしたの?」
ナマムギがマフィアに詰め寄る。
「モヤモヤした雲間から途切れ途切れに島が見えた。大陸まで連なっていた。どこかはわからない。細長くてひと際大きな島の上空で人と目が合った」
「そこって東シナ海じゃないのか?」
タンカーが口をはさんだ。
「具体的な地理はわからない。ただ男が無言で先を歩いていた」
「俺じゃないぞ。あんたならひと目でわかる」
タンカーがマフィアに釘を刺した。
「その人は“どこへ”行って……」
ナマムギは背中に悪寒を感じた。視線が背中を這いずり回る。
「ここを“訪れた”。」と、タンカー。
「“その”場所に“向かったのだ”。」
マフィアがタンカーの足跡を見おろした。
その言葉に、「“歩いた”?」と、タンカーはかじりついた。
マフィアは腕組みする。「難しいな。どういえばいいのか」
男女のやり取りを一つの自我が見守っていた。
”僕”だ。
「でも、何も“何も”なかったよ。」と、”僕”も言った。
彼らには聞こえてないようだ。
「まあ、そうだろう。その場所を“訪れた”からわかることなのだから。」と、タンカーは言った。
「“歩いた”ならば。“その場所へ”行ったことを実際に歩いて証明できる。」
「その場所に“辿り着いた”?」僕も、聞いてみた。
「“その場所”がある場所に辿り着いたのだ。」
「“道”を本当にその眼で“見た”の?」
「その通り。見た。」と、タンカー。
「いい加減にしてよ!ゲンちゃんを殺したのはあんたたちでしょう」
ナマムギは香港マフィアに足払いをかけた。すかさず香港忍者が反撃に回るがその頭を踏み台にしてレッドカーペットに着地した。
香港マフィアが銃を構えるが、その手首をナマムギがねじり上げる。
発砲音が闇をうがつ。
三発目が眉間に吸い込まれた。
「ポっ?」
ポッと出の香港忍者は死んだ。しかしナマムギも胸に薔薇を咲かせていた。
残るはタンカーだ。しかし、マフィアはお得意の対戦相手を錯乱させる作戦は使えなくなった。相方の忍者が死んだからだ。タンカーはいよいよ追い詰められた。
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