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70年目の戦後史
カンフー商会元社員の証言
香港マフィアを仕込んだのは僕の上司だ。カンフー商会は香港マフィアに買収されて湾仔公司に生まれ変わった。そこで虎視眈々と鶴見の本社跡地を狙っていたんだ。
湾仔公司は世界に隠然たる勢力を拡大していたけどエイのケンちゃんだけはどうしようもなかったんだ。
ナマムギとケンちゃんは幼なじみで昭和35年の生まれだ。十歳の時に鶴見カンフー沖縄商会の大物産展に親と一緒に来た。当時の記録によると東南印度洋で地引網に巨大エイがかかった。
会場の目玉商品にしようとしてしくじったんだ。祟りにあった。食い物の恨みは怖ろしい。
展示のスタッフと客が呪いの巻き添えになった。ケンちゃんはエイに憑依されナマムギは死なない呪いにかかった。そして祟りの影響で会社は潰れてナマムギも転校を繰り返しながらずっと女子高生だった。
湾仔公司は小中学校建設計画を潰そうといろいろ手を尽くしたけどエイのせいでことごとく失敗した。
こうなったらナマムギをおびき出してケンちゃんと再会させることでできる湾仔公司の力をつかうしかない。二人を引き合わせる工作はどういうわけかスムーズに進んだ。きっと祟りのせいだ。
そしてケンちゃんが発見された。
僕も、ナマムギもなすすべなく捕まるのが分かった。
ここから先は、どう考えても僕たちの世界でだ。僕は、ナマムギと手を組んでいることを知った。
タンカーの命を助けることは、この先のタンカーにとっては、悪いことじゃない。
そう思った。
僕は、僕らを呼び出したタンカーを、どう思うだろう。
僕は、僕らからなのか、もしかしたらお前ら自身からなのか、その答えを知るのが怖い。
僕のことしか話してくれない。
そうして、僕が、そう思うことは、少なくないはずだ。
それが悪いことなのかどうか分からない。どうしてそう思うのか自分で、自分の体が理解せねば、ならない。
ナマムギを殺した後、タンカーは、「“道”を“見た”。
」と言った。
それは、もしかしたら、彼らの世界の“行き先”とは全然違う世界の“行き先”を意味しているのかもしれない。
「どういうことだ?」と、僕は言った。
タンカーと自分たちのいる場所の“行き先”ではないということだ。
「“誰が言った”?」
「“俺らが言った”。
」と、タンカーは言った。
「““道”を“見た”」と、彼は言った。
ああっ、頭の中で声がこだまする。
「“誰が言った”?」 「誰が?」 「それが?」
「俺らが言った」 「俺らが?」 「俺らで?」 「俺らで」 「誰が?」
「俺らで?」 「俺らで?」
人の声が地下鉄車内のようにゴウゴウとひびいてる。
「俺らでも?」 「俺らでもする?」
「タンカーを捕まえて……」
「捕まえた」 「捕まえて?」
「捕まらなかった」 「捕まらなかった?」
「俺らなら、捕まらないだろう?」
「“誰が”?」
「“俺ら”で捕まるだろ?」 「自分らが捕まらない?」
(“自分”が捕まらない?)
「そうだ」 「そうだ」
「誰が“捕まらない?”。
誰が?」
「カンフー商会?。俺ら“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”“全員”だ」
声が辺り一面に響いた。
(“全員”?)
「”皆“だって?」
「“皆”……」
「”皆“?」
「「”皆“だ?」?」
「「「そうだ?」」」
(“皆“? ”
「“全員“全員、だ?」
「「「そうだ?」」」
「“皆“? ”皆“?」
(皆(みんな)……?)
「“みんな”だ?……俺らは誰だ?
“全員”は―――……」 (みんな、みんな、みんな――――――)
「「――――」」?
「「「―――」」」?
(みんな、みんな―――ってどうした―――?)
「…………」
そう思っていると、
俺の言葉が、
この場にいる全員に聞こえてしまったのだろう。
頭の中が真っ白になった。
いや、僕がホワイトボードに転生したみたいだ。
びっしりと僕の身体に何かメッセージが書き込まれている。
(「「「―――」」」」) (「「「……」」」)
「…………」
(((((((((((((((((( 皆、みん、みん、みんな、みんな――――――――――――――……)……?
“そう”? ―――ってどういうこと? ―――それって―)
―――え、いや、ええっと……って、
そんなことより、 何で―――
「「「(みんな、そんなおっかない顔をするなんて。――――――。どうかしたんですか? 誰か、誰か――― いや、みんなではないでしょう。――――みんな、です!)」」」
わけのわからない言葉がどんどん、どんどん僕の皮膚に羅列していくんだ。
そして、
ついに―――、
僕は自分が何者かわかった。
「あなたはケンちゃん?」
「「……「そ、そうだった〜?」」」
自我と記憶を取り戻した。
僕はエイのケンちゃんだ。いや、ケンちゃんになった。
この白い身体は僕の新しい肉体だ。
エイのおなかがホワイトボードのかわりになっている。
「ナマムギ?」
僕は彼女に向かって叫んだ。
茶娘が全速力で僕に近づいてくる。
「「「……やっぱりそうだよね!」」」
(……皆さん―――〈みんな〉なのですね、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!)
と、
俺は自分に言い聞かしながらも、
『みんなには、なんて言えばいいんだろう?』
そんなことを考え、
“俺はそこまで、皆に心配と配慮をさせてしまっているのでしょう、と思った。
真相はこうだ。あの日僕は行きたくもない物産展に連れていかれた。
親は本土復帰したばかりの沖縄に渡って商売をはじめようとしていた。
「道」というのは親の建設会社が宮古島に作ろうとしていた海中道路のことだ。
両親は僕に沖縄の魅力を教えたくて物産展につれてきたのだ。
幼かった僕は両親の愛を理解できなかった。それで隣のナマムギと一緒でなきゃ嫌だとごねた。
巨大エイなんて女の子は怖がると思ったんだ。そうしたら物産展に僕は行かなくていい。
ところがナマムギは興味津々だった。結局、四人で行くことになった。
僕はイチかバチかエイにお願いする事にしたんだ。
神様仏様エイ様。そんなに大きいのなら僕に力を貸してください。どんなことでもします。
悪い事だってお望みとあらばします。
だから僕とナマムギを結婚させてください。
『いいだろう! だが後悔するなよ!!』
エイはぎろっと僕を睨み、そこで記憶が途絶えた。
気づくと僕は大人になって居た。そして湾仔商事の社員としていろいろなことを裏でやってきた。
『ナマムギ、一緒に行こう!』
僕は願った。するとナマムギと僕は一心同体になった。
「総員退避ー!エイが、エイが動き出したぞ」
雲の子を散らすようにパトカーや警官が逃げていく。
僕は大きく羽ばたくと鶴見の海にダイブした。
おわり
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