Chapter2. 『鉄槌』

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――トバイア=ランチェスターが徘徊していた場所の調査を行った結果、地面に血で魔法陣のようなものが描かれていたことが判明。 城を取り囲むような形で、絵は描かれていた。 尚、血液は人間のものではなく、山羊等の家畜の血を使用した模様。 文章だけではなく、証拠として魔法陣の写真も報告書と一緒に提出されている。 写真に色はなく、ところどころ積雪に隠されてしまっているものの、そこに写っているのは確かに魔法陣と呼ぶべきものだ。 「確か、トバイアの家系は錬金術師の流れを汲んでると聞いたが……錬金術師というのは、魔法陣を描いて何かを呼び出したりするものなのか?」 ヴァルの知識の中では、錬金術とは内容こそ突飛ではあるものの、現代の化学に通じる試みだったはずなのだが、記憶違いだっただろうか。 ルミエール国の女性は、フォルスという不可思議な力を秘めて産まれてくることもあるのだから、魔法が存在したとしても不思議ではないという声が上がるのかもしれないが、今のところ、ルミエール国ではそういった存在は認識されていない。 フォルスも魔法も似たようなものだという意見を、真っ向から否定するつもりはない。 なぜなら、どちらも共通点があるからだ。 まず、フォルスを体内に宿せるのは女性だけであり、ディアナによると結界以外の物体を生成する場合は、その物体の構造を熟知しておく必要があるという。 そして魔法は、生まれながらにして魔力を身に宿し、呪文を唱えるなり、もしくは魔法陣を描くなりすれば、自由自在に操れると、文学の世界では語られている。 だから、フォルスにしろ魔法にしろ、その特別な力を行使する際には、いくつかの条件を揃えなければならないように見受けられる。 それも、生得的な条件も絡んできている点は似ている。 ただし、今日に至るまでの間に魔法の存在を証明できた者はいないため、少なくともルミエール国では魔法は公認されていない。 逸れかけていた思考を本題に戻してサイラスを見遣れば、彼は力なく首を横に振っていた。 「……んなわけねえだろ。単純に、あの先生が黒魔術か何かに傾倒してるだけじゃねえの?」 「黒魔術って……たまに物語とかに出てくる、あれか?」 確か、その概念の発祥の地は他国だった気がするが、文学の世界では時々扱われることがある題材だ。 ヴァルがそう問いかければ、サイラスが意外そうに目を見張った。 「お前さん、本を読むとは聞いてたが、ファンタジーも読むのか?」 「基本的に、ジャンルにこだわらずに読んでる」 ただ、個人的には学術書はあまり感性に合わない。 読んでいると、どうもだんだんと眠くなってくるのだ。 ディアナも、必要に迫られない限りは、あまり進んで読みたくないと言っていた。 再び脱線していた思考を軌道修正し、嘆息する。 「……どういうつもりで、そんな真似をしてるのかは知らないが、念のため監視は続けておいてくれ。俺に報告するか否かは、お前の判断に任せる」 「了解」 「それじゃあ、話は以上だ。仕事に戻っていい」 ヴァルがそう告げるなり、その場は解散となった。 現在、公にはウォーレスがルミエール国の宰相ということになっているが、実質、最もヴァルの補佐を行ってくれているのは、サイラスだ。 そのため、サイラスは以前よりも多忙を極めている。 ヴァルとしては、もう少しサイラスの負担を減らせないものかと考えているのだが、むしろ進んで仕事に忙殺されている気がする。 そして、その理由にも何となく察しがつく。 「……惚れた女の死を、忘れようとしてるのかもしれないな」 サイラスの口から、直接そう聞いたわけではない。 ただ、ヴァルが何となくそんな気がしているだけの話だ。 椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰ぎ見る。 サイラスが、一体どういうつもりで愛した女性を殺害したのか、ヴァルは知らない。 フェイに頼まれたというのも要因の一つだろうが、まさかそれだけの理由で手にかけたわけではないだろう。 しかし、深く詮索するつもりはない。 きっと、知ったところでヴァルに利益はないし、理解できる気もしないからだ。 (……俺は、自分がディアナを殺すくらいなら、ディアナに殺されることを選ぶような男だからな) きっと、ヴァルの思想もまた、そう簡単には理解が得られるものではないのだろう。 内心の呟きに、自然と自嘲の笑みが浮かぶ。 こんなことに思考を巡らせているなんて、もしかしたらまだ疲れが残っているのかもしれない。 必ず今日中に片付けなければならない仕事にだけ手をつけ、あとは明日以降に回そうと決め、天井から視線を引き剥がした。
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