Chapter2. 『鉄槌』

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Chapter2. 『鉄槌』

視察に出てから一カ月以上が経過し、ようやくヴァルたちはルミエール国の王城たるアンブローズ城に戻ってこられた。 優秀な臣下たちが、数日ほどの休息を用意してくれたが、いつまでも休んでいるわけにはいかない。 ヴァルは久方ぶりに自身の執務室へと足を踏み入れると、さっそく執務机に向かった。 机の上には、多種多様の報告書が届けられていた。 その一つを手に取り、紙面に綴られている文字を目で追おうとしたら、扉をノックする音が鼓膜を叩く。 扉の叩き方の癖や、扉越しに伝わってくる気配から、誰がやって来たのかを悟る。 「……サイラスか、入れ」 ヴァルが短い返事で入室を促すと、ほとんど間なしに執務室の扉が開かれた。 「よっ! ヴァル、こうやって顔を合わせるのは久しぶりだな」 「ああ、そうだな」 サイラスの挨拶を適当に受け流し、もう一度報告書に視線を落とせば、これ見よがしに溜息を吐く音が聞こえてきた。 「おいおい、もうちょっと何か言うことねえのかよ? つまんない奴だなー」 「俺が城を留守にしてる間、ご苦労だった」 「いやいや、そんな大したことはしてねえ……って、それで終わりかよ!」 ヴァルが報告書から目を離さないまま、淡々とした口調で労いの言葉をかけると、一度は謙遜してみせたサイラスだが、すぐにあまりの素っ気なさに突っかかってきた。 その後も文句が続いたような気がしたが、正直今はサイラスと雑談に興じている暇はない。 徹底的にサイラスの言葉を無視し、報告書に視線を走らせていたら、ようやく諦めてくれたらしく、ヴァルにとっては騒音に等しい声が聞こえなくなってきた。 一通り、机上に置かれていた報告書に目を通し終わると、深く息を吐き出す。 想像以上に、事態は混沌としていたみたいだ。 行儀が悪いと承知しながらも、机の上に肘をついて右手で額を押さえ、左手の指で机の表面をとんとんと叩く。 「……サイラス」 「あ? 何だよ、やっと話してくれる気になったのかよ?」 サイラスの不貞腐れたような言葉をさらりと聞き流し、続きを口にする。 「お前が、くだらない雑談をしたがってた理由が、よく分かった。……これは、馬鹿な冗談の一つでも言ってなきゃ、やってられないな」 「やっと分かってくれたか、心の友よ」 また繰り出された戯言を無視し、深々と溜息を吐き出す。 「頭が痛いが、まずはまともに話し合える問題からにするか」 指先で机を叩くのをやめ、額からも手を離す。 改めて室内にサイラス以外の臣下がいないかどうか確認してから、彼と目を合わせて口を開く。 「……やはり、ウォーレスとエルバートはディンズデールに戦争を吹っかけるのをやめる気は、さらさらないのか」 「まあ、エルバートにとっちゃ悲願みてえなもんだし、領土拡大ができるってんなら、ウォーレスの野郎に諦めるっつう選択肢はないだろうしなあ」 「確かに。……だが、こちらの問題に気づけば、そうも言っていられなくなる可能性も出てくる」 すっと一枚の報告書を指先で示し、自然と声の調子を落として言葉を継ぐ。 「神殿関係者と王立騎士団員は、これ以上国が乱れるようなら、反乱も辞さないみたいだからな」 情報屋であるピアーズから聞いた話だと、ディアナが報告してくれてから、密かに神殿と騎士団の様子を探らせていた。 その結果、ピアーズからもたらされた情報通り、神殿の筆頭神官であるギディオンと、王立騎士団長であるレイフは、度々密会を行っていたらしい。 また、騎士団は革命軍に対して 武力を放棄すると宣言し、事実、武器を革命軍側に引き渡していたが、全ての武器を手放したわけではなかったという。 少なくとも、騎士団員一同が武装蜂起できる程度には、内密に手元に武器を残していたみたいだ。 神殿側には、ギディオンがレイフと繋がっている点以外には、目立った動きは見受けられないが、巫女の存在そのものが敵勢力にとっては脅威だ。 戦士が獣人であろうとも、武器が最新鋭のものであろうとも、結界の前では歯が立たない。 だから、昔からバスカヴィル国王は、万が一を考えて巫女を飼い慣らしてきたのだ。 今まではその万が一は実現してこなかったが、この先の状況如何ではヴァルたちの前に、結界を操る巫女と最新鋭の武器を携えた騎士が立ちはだかるのだろう。 そこまで考えたところで、ふと違和感が脳裏を過る。 (……何故、ウォーレスは未だに戦争をやめる気がないんだ?) 独自の情報網を有しているウォーレスならば、神殿と騎士団の動向くらいとっくに気がついていても、おかしくない。 神殿関係者と王立騎士団員の連合軍が、自分たちに刃向かう危険性が出てきた以上、さらなる欲を出すのは躊躇われるものではないのか。 それとも、あの卓越した頭脳を以てすれば、その危険を排除する秘策を講じることができるものなのだろうか。 (ひとまず、この件は置いておこう) ヴァルがここでいくら頭を捻ったところで、ウォーレスの考えなんて分からない。 ならば、 今できることに目を向けるべきだ。 「だが、奴ら連合軍と俺たち戦争反対派の利害は一致してる。向こうにそのことを伝えれば、 味方になってくれる可能性もある。だから、ウォーレスたちになるべく悟られないように、 近いうちに交渉の場を用意して、手を組めないか打診してみようと思う」 そうすれば、連合軍はヴァルたちにとっては脅威ではなくなる。 問題が一度に二つも解決できるため、一石二鳥だ。 「ああ。あちらさんも、敵は少ないに越したことはねえだろうからな」 「そういうわけだから、東部の監視を引き続き頼む。あと、やはり東部に人員と物資が集中し過ぎだ。撤退命令も出しておけ。応じないようなら、それ相応の措置を取れ。いいな?」 「あいよ。……で、だ。ここまでは、一応俺たちの想定内の問題だったわけだが……」 そこまで口にしたところで、サイラスは物憂げな面持ちになる。 彼がそういう顔をするのも、無理はない。 ヴァルは嘆息し、サイラスの言葉を引き継ぐ。 「……まさか、トバイアの奇行の正体がこれだったとはな」 トバイアについての調査報告書を指先で軽く叩き、そこに記されている文面に視線を落とした。
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