Chapter2. 『鉄槌』

5/11
前へ
/90ページ
次へ
「……ねえ、ヴァル。これ……ヴァルたちが私にラティーシャ様が起こす事件に目を向けさせて、自分たちの革命を秘密裏に進めてたことと……似てない?」 ディアナの発言に、ヴァルは愕然と目を見開く。 ヴァルが驚愕する様を、どこか冷めた眼差しで見遣りつつ、言葉を繋ぐ。 「これも、私の考え過ぎって可能性が高いけど……なんか、似てる気がするの。人目を引く大胆なことをする裏で、本当の狙いをなるべく気づかれないようにやってのける。……ううん、私たちが気づいてないだけで、もしかしたらもうとっくに何かを始めるのかも」 「……その考えに、根拠はあるのか」 淡々と自身の考えを述べるディアナに、ヴァルは静かな口調で根拠の提示を求めてきた。 ヴァルから要求を突き付けられ、ディアナは改めて、彼の深紅の瞳をじっと見つめる。 目の前にある赤い瞳からは、先刻までの動揺は見受けられず、比較的冷静にディアナの話に耳を傾けようとしているように感じられる。 また、発想を飛躍させ過ぎだと、ディアナの考えを一蹴するような気配もない。 だが、ディアナの話を鵜呑みにしているわけでもなさそうだ。 だからこそ、根拠はあるのかと確かめてきたのだろう。 ディアナは一度ヴァルの視線から逃れるように双眸を伏せ、細く息を吐き出す。 それから、 緩く首を横に振った。 「……さっき、私の考え過ぎって可能性が高いって言った通り、これといった根拠はない。強いて言うなら……勘、かな。私の命を狙う人間の共犯者がフェイだって分かった時、これだけじゃ終わらないだろうなって思ったの。その時の感じと今が、何だか似てる気がして」 ゆっくりと視線を上げ、またヴァルと目を合わせる。 彼の顔には特にこれといった表情は浮かんでおらず、ただじっとこちらに深紅の眼差しを注いでいる。 おそらく、ディアナの意見を吟味しているのだろう。 ディアナは、ヴァルの瞳をまるで宝石みたいだと思うことがしばしばあるが、何の感情も伝わってこない眼差しを向けられると、本当に美しくも冷ややかな宝石そのものみたいに思えてくる。 二人の間にしばしの沈黙が流れた後、ヴァルはディアナから目を逸らし、ふっと吐息を零した。 ヴァルの視線がこちらから外れると、ディアナも自然と深く息を吐き出していた。 先程まで向けられていた眼差しは真剣そのものでありながら、美しさを感じさせるものだったが、同時にディアナの身を束縛する鎖みたいだった。 だから、無意識のうちに気持ちが張り詰め、肩に力が入ってしまっていたのかもしれない。 そんなことを考えていたら、ヴァルの視線がすっとこちらに戻ってきた。 「……分かった。今回報告に挙がったこと以外で、革命成功直後のトバイアの行動を洗い出してみよう。何もなければそれに越したことはないんだから、念には念を入れるくらいがちょうどいいだろう」 「……私の勘を、信じてくれるの?」 ディアナ自身、自分の考えに対して半信半疑だったのだ。 ただ、言葉と共に鬱屈とした感情を吐き出したかっただけだ。 だから、こんなにもすんなりと自分の意見を聞き入れてもらえるとは、思ってもみなかった。 ディアナが戸惑いを露わにした声を出せば、ヴァルは不意に目元を和らげた。 「言っただろう、念には念を入れるくらいがちょうどいいって。……それに実際、お前の勘は当たっただろう。だったら、調べてみて損はないはずだ」 「……別に、ヴァルがやったことを責めてるわけじゃないんだけど……」 ディアナの勘が当たったと口にした際、一瞬だけヴァルの唇が自嘲の笑みに歪んだように見えたため、急いで弁解の言葉を並べると、彼の大きな手にくしゃりと頭を撫でられた。 「分かってる、だからそんな不安そうな顔をするな」 「うん……ありがとう、ヴァル」 「何故、そこで礼を言う?」 「だって、ヴァルに頭を撫でられると、安心するから……」 ヴァルと再会を果たした時から、ずっとそうだ。 こうして彼の大きな手のひらに頭を撫でられると、不思議と心が落ち着いていく。 (記憶にはないけど……昔も、ヴァルに頭を撫でてもらったことがあるみたい、だからなのかな……) そして、その時にヴァルと将来婚姻を結ぶ約束を交わしたのだと聞かされたことまで思い出し、ついくすりと笑みが零れる。 「どうかしたのか?」 「ううん、何でもない」 彼に問いかけられ、咄嗟に首を左右に振って微笑みを噛み殺そうとするが、なかなか上手くいかなくて、どうしても頬が緩んでしまう。 (今考えてみると、私もヴァルも、随分とマセた子供だったんだなあ……) ディアナがそういう子供だったというのは、何となく分かる気がするが、ヴァルもそういう子供だったとは少々意外だ。 (ああ、でもそうでもないのかな。ヴァルはお兄さんやお姉さんに囲まれて育ったわけだし……) 年上の兄弟を見て育った末っ子故に、背伸びをしたがっていたのだと思えば、納得がいく。 そう考えると、ヴァルがこうしてディアナを甘やかす傾向にあるのは、自分よりも年下の相手が珍しく、ついつい世話を焼こうとする深層心理が働いているのかもしれないと思えてくる。 そう思ったら、ディアナの頭を撫でているヴァルの姿が微笑ましく見え、さらに笑みが深まっていく。 「……さっきから、なにをにやにやしてるんだ」 「ごめんなさい、本当に何でもないの。……それで、話はもう終わり?」 一生懸命真面目な表情を作り、首を傾げて疑問を投げかければ、不意にディアナの頭を撫でるヴァルの手の動きがぴたりと止まった。 そのことを不思議に思っている間に、ディアナの頭からヴァルの手が離れていく。 「ヴァル?」 「これは別にお前の意見を求めるわけじゃないんだが……一応、報告しておくか。これも、お前が教えてくれたことだしな」 「……もしかして、ギディオン様のこと?」 以前ピアーズから、ギディオンがレイフやエルバート、ジゼルと密かに接触しているらしいという話を聞かされた。 そして、そのことをヴァルに伝えたら、ギディオンの身辺調査を行ってくれると言ってくれたのだが、何か分かったのだろうか。 空気が張り詰めていくにつれ、無理矢理作っていた真剣な表情が、自然と本物になっていく。 期待と不安が等しく胸に押し寄せる中、ヴァルは重々しく頷いた。 「……ああ。エルバートとジゼルに接触してたことについては、まだ詳しいことは分かってないが、レイフとのことは判明した。――奴らは、もし俺たちがこれ以上国を乱すようなら、 謀反を起こすつもりらしい」
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加