Chapter2. 『鉄槌』

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ヴァルの口から告げられた、ギディオンがレイフと接触を図っていた理由は、正直ディアナの想定の範囲内だ。 ギディオンは昔から、ウォーレスのやることなすことに反発するきらいがあるし、レイフは国に忠誠を誓った騎士であり、正義感の強い人間だ。 そんな彼らが、新しい国家が国益のためではなく、私利私欲のために戦争を仕掛けようとしているのであれば、武力を行使してでも止めようと考えていてもおかしくはない。 ヴァルは戦争には反対しているみたいだが、ギディオンたちにとっては、そんなことはどうでもいいのだろう。 ヴァルがウォーレスたちの暴走を止められず、傀儡の王となるのなら、同罪と見なすに違いない。 だから、ヴァルも自分を含めて「俺たち」と発言したのだろう。 「……ヴァルは、これからどうするの?」 何かしらの証拠を掴み、ギディオンたちの行動は国家反逆罪に値するとして、彼らを刑に処するのか。 それとも、ウォーレスたちを断罪するつもりなのか。 あるいは、他の方法を模索しているのか。 静かな声音で今後の展望を訊ねれば、ヴァルもまた落ち着いた声色で答えた。 「――ギディオンたちとの交渉の場を用意し、可能であれば奴らと手を組み、ウォーレスたち戦争推進派を掃討するつもりだ」 「……そう」 ヴァルは元々、ウォーレスを処刑する気だった。 そのため、今回の件を利用し、ウォーレス一派を罪に問うことにしたのだろう。 ウォーレスには余罪も充分にあるのだから、罪人に仕立て上げるのは、それほど難しくないはずだ。 (まあ、あのウォーレスが何も策を講じてないはずがないんだけど……) そこまで考えたところで、ふとこの場に不釣り合いな微笑みが唇に浮かぶ。 そう、ウォーレスはきっと対策を練っているはずだ。 しかし、彼はその策に最も重要なものがとっくの昔に欠けていることに、おそらく気がついていないのだろう。 もしかすると、 ディアナが指摘したところで理解できないかもしれない。 そう考えたら、ウォーレスがひどく滑稽に思え、意識せずとも嘲笑が込み上げてきてしまったのだ。 「……ディアナ?」 もう一度、ヴァルに訝る目を向けられる。 そんな彼に対して今度は誤魔化したりせず、にっこりと微笑みかける。 「――ヴァル。ウォーレスのことで、わざわざ貴方の手を煩わせることはない。私がこの手で、排除する」 ディアナの物騒な宣告に、ヴァルがぎょっと目を剥く。 そんなにも意外な申し出だっただろうかと、そっと首を捻る。 深紅の瞳から驚愕が過ぎ去るや否や、ヴァルはきつく眉根を寄せた。 「……お前、俺にはウォーレスのことを殺して欲しくないって言ってたくせに、自分の手は汚す気か?」 呻くように問われ、思わず失笑が弾ける。 「ウォーレスを殺す? 私が? そんなこと、するわけない。そんなこと、するまでもないよ」 一度だけ、本気でウォーレスをこの手にかけようかと考え、彼の額に銃口を向けた。 でも、今思うと浅慮だとしか言いようがないし、あの時ウォーレスの命を奪わなくてよかったと、心の底から当時の自分の判断に安堵している。 あんな男の血でこの手をこれ以上汚すなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。 「――そんな真似をしなくても、ウォーレスを無力化させる方法はある。あの男に、絶望というものがどんなものなのか、教えることができる。だから、ヴァル。この件は私に任せて。最終的には貴方の手を借りるけど、順調に裁判まで持っていけるように、ウォーレスを大人しくさせておくから」 ディアナが微笑みを絶やさずにそう宣言すれば、ヴァルの表情が引きつった。 さながら、運悪く不気味な怪物に遭遇してしまった、憐れな男みたいな顔だと、ぼんやりと考える。 (まあ、あながち間違ってないけど) 鏡の世界でディアナの過去を垣間見たヴァルは、化け物ではないと否定してくれた。 だが、やはり自分は化け物なのだと思う。 きっとあの日、ウォーレスに手を差し伸べられた瞬間から、ディアナは化け物にならざるを得なかったのだろう。 ウォーレスに一方的に責任をなすりつけるつもりはないが、彼はディアナが自分の理想通りの化け物になることを望んで育て上げたのだ。 ウォーレスが望んだ化け物にならなかったみたいだが、それでも普通からかけ離れた存在になったことは、間違いないだろう。 ヴァルと再会を果たしたことで、ずっと押し殺していた感情が蘇り、人らしさも取り戻せたが、それでもウォーレスと過ごした期間をなかったことにはできない。 ならば、普段は隠れているだけで、きっとディアナの中には化け物としての自分がまだ存在しているのだろう。 革命が起きる前のディアナであれば、自分のそういった側面を見つけたら、十中八九自己嫌悪に陥ったに違いない。 しかし、今のディアナは無理をするわけでもなく、自然とそういう自分を受け入れることができていた。 (……きっと、こんな自分でもヴァルなら受け止めてくれるって、信じられるからだろうな) 嘆きと怒り、憎しみを糧にヴァルを殺そうとしていたディアナの心は、誰の目から見ても醜い。 あまりの醜悪さに、我に返った時には狂っていると自分で思ったくらいだった。 でも、そんなディアナの醜い部分ごと、ヴァルは受け入れ、愛してくれた。 それどころか、殺意に呑まれて正気を失っていたディアナに、殺されようとしていた。 本音を言えば、大人しく殺されようとするなんて、どうかしているとしか思えないが、それでもこんな自分を何があっても愛し抜いてくれる人は、間違いなく目の前のこの人くらいしかいない。 ディアナがヴァルの顔をじっと見つめ続けていると、やがて引きつっていた彼の顔の筋肉が元に戻っていった。 かと思えば、深々と息を吐き出した。 それはもう、肺の底から吐き 出したのではないかと思うほどの、深い深い溜息だ。 「……俺はお前に情を向けてもらえてよかったと、今、心の底から思った」 「そうだね。よかったね、私に好かれてて。そうじゃなかったら、ヴァルのことも容赦なく切り捨ててたかも」 ディアナが笑顔のまま応じれば、ヴァルは半眼でこちらを見遣った。 その目は、この悪女めとでも言いたげだ。 「でも、こんな私でも好きなんでしょう?」 小首を傾げ、からかうような口調で問いかける。 すると、ヴァルはぎゅっと唇を真一文字に引き結び、苦々しい表情を浮かべた。 反論してこない辺り、ヴァルのディアナへの愛情は一体何でできているのかと、我ながら不思議に思う。 僅かに傾けた首を元の位置に戻し、ヴァルをからかうのはやめて話の本筋へと戻った。
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