Chapter1. 『ルミエール国』

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新年を迎えてから一週間以上が経過していた。 国全体に新たな国名が発表されたためか、何だか浮足立った空気がずっと流れている気がする。 ディアナが頼んだ通り、今日からヴァルと一緒に地方の視察に回ることになっていた。 おそらく今月いっぱい、場合によっては翌月に跨ぐくらい時間はかかるだろう。 だから、もしかするとヴァルは同行できないかもしれないと危惧していたのだが、彼がルミエール国王になってから、まだ一度も視察に出たことがなかったため、これを機に地方の地主に新年の挨拶をして回ることになったのだ。 年が明けてからまた雪が降り出したため、蒸気機関車が運休になってしまうのではないかと危ぶまれていたものの、何とか動きそうで安心した。 ディアナはヴァルと共に、事前に用意されていた特等席であるボックスに乗り込み、座り心地のいいふかふかとした座席に、向かい合って腰かけていた。 窓の外ではちらちらと粉雪が舞い、窓ガラス越しにもその冷気が伝わってくるようだった。 「ディアナ、寒くないか?」 ヴァルに声をかけられ、窓から引き剥がした視線を彼に向ける。 「大丈夫だよ。たくさん着込んでるし、ブランケットもかけてるから」 今日のディアナの服装は、中にエメラルドグリーンの膝下丈のドレスを着て、その上にアイスブルーのロングコートを着込んでいる。 そして、走行中の機関車の中ではしばらくじっと座っていないといけないから、腰や足元を冷やさないようにと、同行してくれた侍女が厚手の茶色いブランケットをかけてくれたのだ。 きっと、あとから温かい飲み物も持ってきてくれるのだろう。 王妃ともなると、本当に至れり尽くせりだ。 「ヴァルこそ寒くない?」 「俺も服を着込んでるし、ブランケットももらったから大丈夫だ」 ヴァルの返答を受け、改めて彼の姿を眺める。 今日のヴァルの装いは、中に濃いグレーのウエストコートとコートを着て、それからスラックスを穿いている。 そして、その上に、ロイヤルブルーのロングコートを着込んでいた。 それに、濃いグレーのファーの帽子を被っている。 これから向かうのは、ルミエール国の北部の町や村落であるため、王都を歩き回る時よりも防寒対策に力を入れたのだろう。 確かに、それだけ着込んでいれば、ディアナよりもずっと暖かいに違いない。 それに、スカートとスラックスでは足元の冷えが格段に違う。 寒い時くらい、女性もスラックスを穿いてもいいではないかと思うのだが、かつてのディアナの立場ならいざ知らず、今の立場でそういう格好をしていたら、悪目立ちしてしまうのは目に見えている。 「……男の人は、堂々とスラックスを穿けていいなあ。絶対、そっちの方があったかいでしょう」 スラックスだけではない。 トップスも女性より暖かい格好ができるなんて、羨ましい。 思わずヴァルに羨望の眼差しを向けていたら、彼は何故かむっと眉根を寄せた。 「……それを言ったら、夏は女の方が涼しい格好ができるから、いいじゃないか。いくら薄手のものを着てるからといっても、そっちの方が涼しいんだぞ。特に、夜会の時なんてそうだろう」 なるほど、どちらもそれぞれの季節にそれぞれの苦労があるらしい。 今は冬真っ盛りだから、夏なんてすっかり記憶の彼方に追いやられていたが、確かにヴァルが漏らした不満通り、 夏場は男性が服装の面で苦労しているのかもしれない。 ルミエール国は寒冷地に属しているため、夏の暑さはそこまで厳しくないものの、全く暑くないわけではないのだ。 彼の反論に重々しく頷き、ぽつりと言葉を零す。 「……早く春になるといいね」 「ああ」 それが、冬が到来した時に多くの人が願うであろう、切実な望みだ。 ディアナが遠い目をしてもう一度窓の外に視線を投げれば、汽笛が駅のホームに鳴り響き、緩やかに車輪が動き出したかと思えば、次第に走る速度が加速し、大きな駆動音を轟かせながら目的地に向かって進み始めた。
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