1:「恋愛ごっこ」現在Ⅰ

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 いつまでも鳴らないスマホを待っている間、年末の大掃除を超える勢いで、隅々まで掃除をする。いつもは見える範囲のほこりをハンディモップでとってから掃除機をかけるぐらいだが、今日はいちいち物をどけながらその裏面についてあるほこりまで掃除する。  途中でクローゼットに実家から持ってきていた中学校の卒業アルバムがあることを思い出した。今からそれを取り出すとかなり大掛かりな作業になる。一度はあきらめかけたが、結局気になってしまいそれを引っ張り出す。  若草色の卒業アルバムは少しくすんでしまったが、その中に詰められた思い出は今も鮮やかなままだ。  あこは夏休み中に転校してしまったので、個人写真は載っていない。だが、一学期の終わりに撮ったクラブ写真には載っていたはずだ。  パラパラとページをめくり、クラブ写真のページを開ける。女子テニス部の写真の真ん中あたりに、テニスウェアのあこが写っている。確かあこは副キャプテンだったはずだ。  テニス部の隣に野球部の写真も載っていて、丸坊主姿の自分も写っている。懐かしさより恥ずかしさが勝っていて、できる限りそれを見ないよう、中学時代とフェイスブックのあこの写真を見比べる。  こうやって見るとずいぶんと違う気もするが、自分も卒業アルバムの写真とだいぶ違うので、人のことは言えないだろう。あこにはショートカット似合っていると思っていたが、今の肩口までのボブも悪くはない。  他にも写真が残っていないか、隅々までアルバムをめくるが、転校した生徒はできる限り載せないように配慮しているのか、他の写真は四月の初めに撮ったクラス写真の一枚以外は載っていなかった。  そう言えば、中学校の最後の体育祭にも文化祭にもあこはいなかったんだなと改めて思う。クラスも小五の途中にあこが転入してきてから小学校の間の一年半ほど以外は、一緒になっていない。  あえて言うなら同じ塾に通っていて塾からの帰り道が同じ方向なので、一緒に帰っていたぐらいだ。  どうしてあんなことになったんだっけ? あの夏のことを思い出そうとしているところで、メールの着信音が鳴った。いつの間にか時間はもう三時をまわっている。 『久しぶり! 「あこ」って久々に呼ばれた! 懐かしいでしょ? 何か急に思い出しちゃって、またやりたくなった。あの時、最後までできなかったし』  何だよこれ……あの夏のことを思い出しかけただけに、ちょっと腹が立ってきた。ずいぶん待たせておいて、こんな内容かよ。  だいたいあの時は、あいつが何の連絡もないまま……素早くフリクションして、返事を打ち込む。 『あの時、「恋愛ごっこ」を急に止めたのは、あこの方だろ? 転校は仕方ないにしろ、連絡ぐらいくれてもよかったんじゃないか? だいたい、十年ぶりに連絡したんだから、今どうしてるかぐらい先に教えろよ』  少しきつかったかな? なんてメールを送ってから少し後悔したが、すぐにいやいやと思い直す。あこは少しずれているところもあるから、これぐらいびしっと言ってやらないと伝わらない。そんなことを思っている間に、今度はすぐに返事が返ってきた。 『あの時はごめん! でも、渉には言えない複雑な家庭の事情があったんだ。それだけはわかってね』  あこが急にしおらしくするもんだから、こちらも気勢をそがれる。あっという間にあこを責める気持ちはしぼみ、フォローのメールを送る。 『うん。ちょっとこっちも言い過ぎた。ごめん! それで今はどうしてるの?』  確かにあこの家は家庭が複雑だとかいうのは聞いた覚えがある。小五の時にこっちに引っ越してきたのも、母親の再婚が理由だったはずだ。言われてみれば、何らかの事情で急に引っ越しが決まったということもありえる。 『もともと普通に就職して、建設会社の事務をしていたんだけど、一年半ぐらい前に退職した。もうすぐ外国に行くことになっていて、こっちで済ましておくことをいろいろしているんだけど、そういえばあの時の「恋愛ごっこ」はきちんと終わらせていないなって思い出して……』 『外国ってどこに? 何で?』  トントンとメールのラリーが続くが、ここで少し間があいてから返事が返ってきた。メールの文字を見て、「えっ⁉」っと固まってしまう。 『私、結婚するんだ』  返事を打ち込む指が止まる。
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