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『それじゃあ、「恋愛ごっこ」開始だね。ルールは覚えてる?』
『ああ、覚えてる』
あの時決めた約束を思い出しながら、確認するようにスマホに打ち込んでいく。
『・二人っきりのときはお互いを恋人として扱う。
・メールはこまめに! おはよう、おやすみメールは欠かさない。
・週に一回、まわりにバレないようにデート。
・期間は夏休みの間。最終日に菅原神社で集合。好きになって相手に告った方が負け』
十年ぶりのことなのにすらすらと約束が思い出される。
「恋愛ごっこ」とそのルールを考えたのはあこの方だが、今になってよくよく考えると、とんでもない遊びだなと思う。
結局、途中であこが引っ越して、しかも音信不通になってしまったので、最後の項目は達成されなかった。「恋愛ごっこ」は終わらないまま夏休みを終えた。いや、もしかしたら俺たちはまだあの夏に取り残されたままだったのかもしれない。もしあのまま続けていたらどうなっていたのだろう? あのとき俺は……そこから先はあえて思い出さない。
そういや、菅原神社ってまだ残っているのかな? 方向が同じなので、塾帰りにあこと二人で帰るとき、ちょうど分かれ道となる場所にあった小さな神社が菅原神社だった。
神社の日常と非日常が入り乱れた雰囲気が好きだ。木々に覆われた神社は夏は特に敷地内に入った瞬間、外の世界と空気感が変わるのがいい。
鳥居と小さな境内があるだけの菅原神社で、あこと少ししゃべってから帰るのが、塾帰りのお決まりのパターンだ。『恋愛ごっこ』が始まったのも、もともとは塾帰りの菅原神社でのおしゃべりの中からだった。
『すっごい! よく全部覚えているね!』
『俺の記憶力をなめんじゃねーぞ! それより菅原神社ってまだあるのかな?』
『えっ⁉ もうないの? 渉って地元じゃないの?』
そうか、あこはまだ俺が実家暮らしだと思っていたのか。
『大学からは実家出て一人暮らしをしているよ……たまに実家に帰っても、そこまで見てないからなぁ』
『渉って今どこに住んでるの? そもそも遠かったら週一回のデートできないじゃん』
こいつデートまで本当にするつもりだったのか。それこそ旦那や知りあいに目撃されて面倒なことに巻き込まれないといいけど。まあ、飯行くぐらいなら大丈夫か。
少しとまどいながらも、現在住んでいるだいたいの場所を伝える。大学の時に通学に時間がかかりすぎるので、一人暮らしを始めたが、一時間半もあれば実家に帰れる距離だ。
『よかった! それなら十分会える距離だ。』
『あこはどこに住んでるんだよ?』
『秘密! 「恋愛ごっこ」終わった後にストーカーになられたら困るし! 笑』
『なるわけないだろ! そっちこそ終わってから婚約解消だとか言うんじゃねーぞ』
売り言葉に買い言葉の応酬も懐かしい。中三の時も好きになるとか、ならないとかから、この奇妙なゲームが始まった。
『楽しみにしてる! 期間も前と一緒でいい?』
『夏休みっていつまでだよ?』
昔は、夏休みは八月末まであったらしいが、自分たちのころには授業数の関係だとかで、二学期が一週早く始まるようになっていた。午前中の授業だけではあったが、二十六日ぐらいには始業式があった気がする。
あれだけまとまった休みが取れていたあの頃が懐かしい。今考えるとずいぶん時間を無駄にしたものだ。就職してからのこの二年ちょいは、盆に数日休めれば御の字だというのに。
少し考えていたのか、今までよりやや間があってメールが返ってきた。
『八月最後の日曜日まではどう? わかりやすいし、ちょうど一カ月ぐらいでしょ? 日曜日なら結果発表もできるし』
『結果発表って⁉ 笑。まあ、それでいいよ』
『よし! それじゃあ決まり! じゃあ、ここから「恋愛ごっこ」始まりね』
こうして、俺とあこの二度目の、いや『恋愛ごっこ』の続きが始まった。
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