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保証された怒り
「はい、次の人。どうぞー」
白く無機質な空間に入る。つーんと、消毒液の匂いが鼻に突き刺さる。知っている香りだ。だからと言ってそれが、気持ちを落ち着かせるとは限らない。
「ここ、座って。ふふっ、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。えーと、君の前回は……。まとまった量の食事を一度に取れなかったんだね。どう?その後は」
経過を見る検診であるのに、前回と担当医師が違うことに少しの不安を抱いた。しかし、柔らかい雰囲気を纏った初老の男性医師は好意的に見え、私は落ち着いて答えることが出来た。
何度か受診しているが、毎回医師が違う。大きな病院においては、多くの医師の当番制が通例なのだろうが、欲を言えば同じ医師に診てほしい。
私は、最近は一度に適量のまとまった食事が取れるようになったことを告げた。
「そう、いいね。体重も問題ないし、健康状態は申し分ないね。何か気になることはあるかな?」
私はこの頃すごくイライラしている。思っていることがうまく伝わらないもどかしさを、そのまま相手にぶつけてしまう。自分の未熟さを正直に告白した。
「伝わらなくてイライラする?」
その通り。同じ言葉なのに、私と相手の使い方が違うというか。さらには私は、自分の感情を端的に表す言葉をすぐに見つけられない。いつも本当の気持ちや意思が通じていないことを多々感じて、それで……。
「キレちゃうのかな?」
いや、少し違う。キレるというか、すぐ怒ってしまうのだ。何で分かってくれないのかと、怒りが沸々と湧き上がり爆発して、泣き叫んでしまう。どうしようもない感情のループについて医師の見解を仰いだ。
「まぁ、それ自体よくある現象だから問題ないのだけど、君が気になるのはどういう点かな?」
相手が、困っているのが分かるから辛い。なだめたりすかしたり、もしくは怒りで返されることもある。私としては分かってくれさえすればいいのだがら理解されず、怒り返されるのでこちらも益々怒りが収まりまらない旨を伝えた。
「なるほど。本当は怒りたくなどないと」
そうだ。わかってくれたら怒る必要はない。このままだと、嫌われてしまうのではないかと心配だ。嫌われたくない。
「相手は根に持つタイプかな?」
決してそうではない。少ししたら笑いかけてくれる。
「暴力で返さりたりは?」
まさか。ありえない。ただ、『もう、勝手にして』と怒られることはある。それが悲しい。勝手にしたいわけではない。わがままだろうか……。
「なるほど。君は、怒りという感情を使って甘えているだけなんだよね」
お恥ずかしながら、まさにその通りだ。
「相手に君の気持ちを分かってほしいということだ」
そう、私という人間を勘違いされるのがたまらなくイヤだ。でも、最近特に怒りを出し過ぎているのが気になる。病的なのではと。
「ふむ。大丈夫。いいかい?君はあと数年は感情のままに怒ることが許されている。その間に伝え方や言葉を覚えればいい」
まさか、そんなことが本当にあるのか?
「怒ろうが泣こうが好きにしたらいい」
薬は?
「薬はいらないよ。自然の現象だ。むしろ健全な成長と言っていい。また次回、元気な姿を見せてください」
医師は書き込んでいたカルテから目線を私に移し、にっこりと笑った。素晴らしいことに私が伝えたかった事を、ほぼ分かってもらえた。
私は医師に言われた言葉に安堵した。
「はい。次の人ー」
私は、無機質な病室を出ると控室に向かった。3歳児検診を無事に終えた私は、迷うことなく母の胸に飛び込んだ。
あと数年は大丈夫。
その事が、私をより大胆にさせた。母は驚きつつも、落ちないようしっかりと抱きとめてくれた。
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