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私はまた、この人に助けられたんだ。
さりげない優しさを噛みしめる私の頭の中には、小学校1年生の遠足のときの記憶が甦っていた。
本音を言えば、思い出したくない記憶ではあった。でも、決して忘れられない記憶であり、忘れてはいけない記憶でもあった。
遠足のバスの中で起こったのは、確かに悲劇だったかもしれない。でも、あのとき、とても同じ年とは思えないくらい賢い男の子が隣の席に座っていたことは救いであり、奇跡だったのかもしれず、だとしたら、それは運命だったのではないか……。
あの出来事はもはや悲劇なんかではない。いつまでもうじうじ引きずっていないで、もっと前向きに捉えないと!
あれがあったから今がある。それでいいじゃない!
あんなふうにピンチを救ってもらったら、好きにならないわけがなかったし、今日だって、こんなふうに救ってもらったら、大好きだって認めないわけにはいかないのだから。
ずるいよ、もう……。
バカガキのばか……。
背中に拳をぶつけたいのをこらえて、強い視線を送ってゲンコツの代わりにしていると、『桐野運輸』と書かれたジャンパーの白い文字が滲んで見えた。
内定をもらった就職先でバイトしているという話は聞いていたけど、それが自分のお父さんの会社だったなんて、誰が想像する?
自由登校になっているのをいいことに、今日の試験が終わったら、「2月14日、どこかに遊びに行こうよ」って誘って、驚かすつもりでいたのに、これじゃ計画、狂っちゃうよ……。
赤垣とは、携帯の番号もメールアドレスも交換済みで、ときどきメールが届いていたけど、私は今日の試験が終わるまで、交流することをあえてお預けにしていた……。
だって、そのほうが燃えるでしょ?
赤垣にメールを送ること。それがご褒美だと思えば試験だって頑張れる。そう思ったから、私、我慢するって決めたんだ。
……ありがとう、赤垣。
本当は今すぐにでもキスしたいくらいだけど、もう少しだけ我慢するよ。
試験が終わったら、すぐに連絡するから。
だから、もう少しだけ、待っててね――
私は、あたたかい背中に向けて心の声を届けた。
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