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5.今日こそは、ちゃんと伝えるから!
試験は終わった。出来は悪くなかった。もちろん、結果が出るまでは安心できないけれど、それでも私はほっとしながら、ポケットの中のお守りをスカートのうえからなぞっていた。
会場となっていた講堂をあとにし、建物の外に出ると、空は晴れ渡っていて明るかったが空気はひんやりしていた。構内のベンチに腰をおろして、スマホの画面をタッチする。無事終わった旨、両親にメール送ってから画面を切り替えると、ちょうど新着メッセージが届いた。
『歌手の夢が叶わなかったら、俺が婿養子になって、お前の代わりに桐野運輸、継いでもいいんだぜ(お前が嫌って言うなら、無理にとは言わないが)。
まあ、いずれにしても、会社なんてものは何とかなるさ。
お前の父ちゃんには怒られるかもしれないが、桐野運輸改め、桐野カウンセリングルームにしちゃえばいいだけの話だからね。お前は自由に生きればいい。
あ、言っておくけど、俺の夢はでっけえからな。叶わない確率のが高い。
あと、もうひとつだけ言っておくと、受験票なくても試験は受けられたと思うが、俺、お前とくっつきたかったから黙ってた(万が一、間に合わないってこともあると思って、お前の母ちゃんには念のため伝えておいたが……)。ゴメン。先に謝っておく』
試験の出来がどうだったかなんて、野暮な質問をしてくるような人ではないのはわかっていたけど、まさか、こんな嬉しい言葉が贈られてくるなんて、少しも想像していなかったから、私の目はまた潤んでしまった。
これから先のことを考えると、気持ちが昂ぶってしまい、どんな言葉を返せばいいのかわからなくなった。
これまでに送られてきたメールを読み返しながら、適切な言葉を探す私……。文字をたどっていると、受け取ったときの状況が思い起こされて、自然と笑みが浮かんでしまう。
そんなことをしているうちに、とうとうアドレスを交換した直後に送られてきたメールにたどり着いてしまった。
『小4の合唱コンクールのときだったかな。
お前の母ちゃん、俺に言ってくれたんだぞ。
うちの夕紀がね、いっつも話してくれるから、赤垣くんのことはよく知ってるの。
字だけじゃなくて、歌もすごくうまくて、いい声しているんだって、あの子、嬉しそうに言うのよ、って。
あ、あと、カップの件。あれはマジでゴメン。小4のときに使ってたカップ、また復活してたから、もしかして、俺が壊しちゃったのかなって思ってたのに、ずっと言い出せなかった。ホントにスマン……』
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